実際は貧しくはなかった?江戸時代の農民の暮らしとは

江戸時代の農民の生活について、一般の教科書などでは着るものも食べるものもなく、大変貧しい生活だったと書かれていることが多いです。しかし江戸時代の書籍の研究からは農民の新たな暮らしぶりを見ることができます。

目次

  1. 江戸時代の農民の割合
  2. 江戸時代の年貢
  3. 江戸時代の農民の暮らし
  4. 農民に対する法律
  5. まとめ
  6. 終活の専門家に相談してみよう

江戸時代の農民の割合

江戸時代における農民の割合はどれぐらいだったのでしょうか。

江戸時代、農民の割合は85%でした。江戸時代では、米は経済にとって最も重要な物資であり、米が無ければ経済が回らないという状態でした。そのため、米を生産することができる農民は、非常に重要な役割を担っていました。

一般的な教科書では、江戸時代の農民は重い税負担のほか生活も厳しく管理され、その日に生きてゆくことも大変な状態であったと記されています。しかし、農業の進歩や貨幣経済の浸透など必ずしも貧しい暮らしだったとは言えないという実態も研究により浮き彫りにされました。今回は、江戸時代の農民の様子について見てみたいと思います。

江戸時代の年貢

米俵

江戸時代は、農民が生産した米には税がかけられていました。これは年貢米と呼ばれます。農民は収穫後に決められた重量、もしくは決められた割合で年貢米を納めていました。ただし江戸時代は、幕府や大名から直接個人に年貢米を割り当てられていたわけではなく、村単位で割り当てを行っていました。そのため村の中では自治権が認められ、年貢米の割り当てについては村単位で決定することが可能でした。

幕府に収める年貢米は藩ごとに決められていて、毎年決まった量を幕府に献上するとされていました。また、農民に課す年貢米の比率に関しては各藩に一任されており、藩内で自由に決定することができました。そのため中には藩の年貢米の割合が高くなった場合、年貢米の安い他の藩へ移動する農民もしばしばみられました。

また、江戸時代は基本的に税が課されるのは年貢米のみで、その他の商品作物(野菜、麦、木綿など)には税は課されていませんでした。江戸時代中期に入ると、米だけでなく商品作物の栽培も盛んになり、基金への対策としてサツマイモの栽培が推奨されたこともありました。また、江戸時代中期以降は農耕の技術も発展し、米の収穫も飛躍的に向上しました。

その結果、江戸時代も進むにつれ農民の暮らしも良くなり、農村にも貨幣経済が浸透していったとされています。従来は、江戸時代に農民は重い税に苦しみ、暮らしぶりも極めて貧しかったと言われていましたが、実際には異常気象による飢饉などがない限りは重い税に苦しむようなことも少なくなっていったようです。

江戸時代の農民の暮らし

江戸時代の農民は、その名の通り米の生産に関する仕事が中心となる生活を送っていました。特に田植えや稲刈りの時期には休みなく働かなくてはならなかったようです。江戸時代初期、農業が進歩する以前は、米の収穫もさほど大きくはなく、農機具も粗末であったため比較的大変な生活であったと言われています。

しかし、江戸時代の中期になると稲作にも発展がみられ、同じ田んぼからでもより多くの米を収穫することが可能になりました。また、農機具にも改良が見られ、より効率的な農作業を行うことができるようになりました。さらに、納めるべき年貢米の量を決定する「検地」は、新田開発されたものを除き江戸時代初期に終了してしまったため収穫量が増量したにもかかわらず、支払うべき年貢米の量は変わらない状態でした。

そのため、江戸時代中期以降は飢饉が起こらない限りは、農民がその日に食べるものに困るようなことは殆どなかったのではないかと言われています。また、副業として手工業などを行う農民も増え始め稲作以外の副収入も得られるようになりました。このため、江戸時代の後期には武士の収入よりもはるかに多くの収入を得る農民も出始めたようです。

収入の使い道は?

江戸時代中期以降は、天皇や将軍も含めて贅沢は慎み質素倹約に勤めることが美徳とされていました。農民も収入は多かったものの浪費は行わず「貯金」をしており、金肥や性能の高い農機具の購入、丈夫な米蔵の建設などにお金を使っていました。これにより、飢饉などの際にも食べるものに困るようなことはなくなってきたと言われています。

農民に対する法律

慶安の御触書

江戸時代に農民を統制する法律として「慶安の御触書」があったと言われています。これは32か条の文面で農民の私生活の在り方について細部まで立ち入った内容になっています。一例として、「酒や茶を買って飲んではいけない」、「各自の仕事を油断なく取り組むこと」「煙草を吸わないこと」などがあります。

しかし、この原本は現在においても見つかっておらず、存在自体を疑問視する声もあります。また、その効果の範囲についても全国的なものだったのか、幕府の直轄地限定であったのか意見が分かれています。さらに、このモデルとなったと言われる、信濃の国で発見された「百姓身持之事」の写本は、法令という性格よりも教諭書としての性格の方が大きかったとされています。

つまり、「慶安の御触書」は法律というよりも、農民としての心構えを諭したガイドラインとしての性格が強かったという見方もあります。

まとめ

農民

いかがでしたでしょうか。江戸時代の農民の暮らしは、初期の頃は苦しかったものの中期以降にはかなり良くなっていったようです。教科書などとはまた違った一面を見て頂けたのではないでしょうか。

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