厳島神社はなぜ海に?厳島神社が建てられた歴史とは

広島の宮島に建っている厳島神社。一体どれだけの歴史がある神社なのでしょうか?今回はそんな厳島神社の歴史や海に立っている理由を紹介します。

目次

  1. 厳島神社の歴史
  2. 厳島神社が海に建てられた理由
  3. 厳島神社が有名になった理由
  4. アクセス
  5. 厳島神社と歴史

厳島神社の歴史

厳島神社

厳島神社(公式表記:嚴島神社)は広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社です。
また、全国に約500社ある厳島神社の総本社でもあります。
そんな厳島神社の歴史を見ていきましょう。

創建

厳島神社の歴史は593年、当地方の有力豪族・佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、勅許を得て御笠浜に市杵島姫命を祀る社殿を創建したことが始まりとされています。
1400年以上も歴史のある神社ということになります。
「イツクシマ」という社名も「イチキシマ」が転じたものという説があります。

厳島神社が鎮座する宮島は「神に斎く(いつく = 仕える)島」という語源があります。
そのため古代から島そのものが神として信仰されたと考えられています。

歴史

文献での初出は811年です。
名神に預かったという記事があります。

平安時代中期の「延喜式神名帳」では「安芸国佐伯郡 伊都伎嶋神社」と記載されて名神大社に列しました。
また安芸国一宮ともされました。
その頃には神職は佐伯氏が掌握していました。
この社格が昇っていく過程で祭神が整備されていったと考えられています。
祭神の市杵島姫命が明記されるのは「一宮記」以降です。

平清盛肖像

平安時代末期、神主・佐伯景弘と当時の安芸守であった平清盛の結びつきを契機に平家一族から崇敬を受けました。
1168年頃、平清盛が社殿を造営し現在と同じぐらいのの大規模な社殿が整えられます。
平家一門の隆盛とともに厳島神社も栄えて平家の氏神となりました。

平家が滅亡した後も源氏をはじめとした時の権力者の崇敬を受けますが、1207年と1223年に起こった2度の火災で建物の全てを焼失しています。
そのため、現在残る社殿は1240年-1243年以降に造営されたものです。

厳島は神の住む島として禁足地とされ、鎌倉時代頃までは外宮である地御前神社にて主な祭祀が行われていました。
鎌倉時代末期から南北朝時代以降、社人・僧侶が禁を破って住むようになったとされています。

戦国時代に入り世の中が不安定になると社勢は徐々に衰退してしまいます。
しかし、1555年に毛利元就が厳島の戦いで勝利を収めて厳島を含む一帯を支配下に置き、厳島神社を崇敬するようになると再び隆盛しました。
そして元就は大掛かりな社殿修復を行ないました。
また、豊臣秀吉も九州遠征の途上で厳島神社に参拝し、大経堂(現 千畳閣)の造営を行なっています。

江戸時代には厳島詣が民衆に広まり、門前町や周囲は多くの参拝者で賑わいました。
明治維新後、神仏分離により大聖院(旧別当寺)、大願寺といった寺院が独立します。
そして1871年近代社格制度において国幣中社に列し、1911年に官幣中社に昇格しました。

大鳥居のミステリー

厳島神社の象徴とも言える世界的にも有名な大鳥居は、高さ約16m・総重量約60tととても大きな鳥居です。
主柱には樹齢600年にもなるクスノキが使われています。
現在建っている大鳥居は明治8年にできたものですが、このクスノキを探し当て建てるまで20年もかかったと言われています。

そしてこの大鳥居にはたくさんのミステリーが残っています。
鳥居の上に掲げられた扁額(へんがく)があります。
海側から見ると「厳島神社」と書かれていますが、本殿側から見ると「伊都岐島(いつきしま)神社」と書かれています。
なぜ両側の表記が違うのでしょうか。

実はその真相ははっきりと分かっていません。
厳島の語源は通り神を「斎き(いつき)祭る」ということから来ています。
そこから昔は「伊都岐島」と称されていました。
そして平清盛によって作られた時に「厳島」となったと言われています。
清盛が平家の繁栄を願い神社を作った時に、厳しい自然と荒々しい神の姿に感情移入をして名前を「厳島」に変えたのかも知れません。

しかしこの神社には女神が祀られています。
美しいその社殿や大鳥居の姿からは女性らしい華やかさも感じることができます。
そのため、女神のいた神話時代の名残が「伊都岐島」という柔らかい語感の表記に残っているのではないでしょうか。

また、大鳥居の左右の屋根の下には東側に太陽、西側に月が刻まれています。
これは東の太陽で鬼門を封じるという風水の思想から来たものです。
このように大鳥居は四方全てに意味があり、足元まで行かないと見ることのできないポイントが沢山あります。

厳島神社の神様

厳島神社に祀られている神様は以下の通りです。
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
田心姫命(たごりひめのみこと)
湍津姫命(たぎつひめのみこと)

この三神は女性の神様のため、カップルで厳島神社を参拝するとやきもちを焼かれてしまうと言われています。
そのためか、厳島神社のご利益の中に「恋愛運」「縁結び」といったものは見受けられません。

三女神は気高く気品に溢れた姿をしています。
お参りをすることで邪気を洗い流し、不要なもの・不浄な気を消し去ってくれると言われています。
厳島神社の主なご利益は国家鎮護・航海守護・芸能上達の三つとされています。
特に芸能に関しては「人気運アップ」の力が強く、芸能人や古典芸能を仕事にする人たちから絶大な信頼を受けています。
また「美を生み出すことに努力する」人にもご加護が大きいため、ファッションやメイクアップアーティストなどクリエイティブな仕事をしている人がお参りすることも多いそうです。

厳島神社を参拝するときに注意したいのが、謙虚な気持ちでお参りをするということです。
そうではないと、お願いが逆効果になってしまうと言われています。
自然や神に大いに感謝をして、素直な気持ちでお参りしましょう。

また、開運や勝負運が欲しい人もぜひ厳島神社に行きましょう。
ここは平清盛が創建した武運に強い神社です。
清盛自身も10回ほど参拝に来ているという記録が残っています。
それにより「自身も平家一門も繁栄した」と納めた経文の願文に書いている程です。

神道

パワースポットとしての厳島神社の力は絶大です。
まず宮島そのものが聖域とされています。
そのため、海を渡り島に足を踏み入れるだけでも結界の中に入ったことになります。
厳島神社が海の側にある理由は、海の浄化力を使って神域としての価値を守り続けるためだとも言われています。

神様の通り道が何か所か厳島神社にはあります。
その中でも大きな力があるのが、本殿の裏にある「後苑」です。
ここは神社の中でも特別な場所とされていて、一切の立ち入りが禁止されています。
そしてその森の中には「不明門」があります。
この門は弥山から神が往来する道でもあるため「絶対に」開いてはならないとされている門です。

もうひとつの神の通り道は、本殿から大鳥居に抜ける場所です。
敏感な人はそこにスッと光の筋が見えることもあるそうです。
その光の先には神界への入り口があると言われています。

厳島神社にはいくつかの「神の道」があります。
神々はこのルートを使って神界と人間界を行き来します。
そして厳島神社の本殿を始めとする社殿はこれらの流れを綿密に計算して建てられているのです。

近年の自然災害

厳島神社の社殿は海の上に建てられているため、台風・高潮の影響・被害を受けるのは宿命的であります。
床の木材を隙間を空けて敷くなど対策を取ってはいますが、大型の台風が直撃した際には倒壊などの被害を受けることもあります。
しかし、被害を受けるたびに大規模な修復を行っていて、修復することを前提に建てられた社殿だといえます。

以下が1990年以降に起こった被害の状況です。
1991年台風19号 重要文化財の「能舞台」が倒壊。桧皮葺の屋根も大きな被害。
1999年台風18号 国宝の「神社」及び「社殿」が大きな被害。
2004年台風18号 国宝附指定の「左楽房」が倒壊。桧皮葺の屋根も被害。
2012年4月3日  暴風で大鳥居の檜皮屋を覆う銅板に被害。

厳島神社が海に建てられた理由

厳島神社

なぜ厳島神社は宮島の陸地部分ではなく、海辺に建てられたのでしょうか。

厳島神社のある宮島は、昔から島自体が「神」として信仰されていました。
宮島全土に神が宿っていると考えられたので、宮島の地の木を切ったり土を削ったりすることで宮島の地を傷つけてはならないと考えられていました。
その為、宮島の土地を傷つけることをなく建設するために、厳島神社の社殿や鳥居は海に建てられたと考えられています。

厳島神社が有名になった理由

平安時代の初頭、厳島神社は朝廷からの使者が下向するような由緒正しき社格をもった崇高な神社として崇敬が寄せられていました。

しかし、厳島神社の名前が本格的に全国区になったのは平清盛が初めて厳島神社へ詣でた1160年以降だと言われています。
以降、厳島神社は平清盛(平氏)の出世と共に、名前が広まって行きました。

現在に至るまでの厳島神社の社殿のほとんどは、清盛を筆頭とした平家一門の寄進によって修造や造営が繰り返されてきたという歴史があります。
その中でももっとも大きな造営・修造となったのは清盛が「太政大臣」になってからの1168年です。
この時の清盛は、天地が引き裂けるほど大喜びし、同時に厳島神社の御祭神に心から感謝しました。
そして、現代にまで伝わる国宝「平家納経」を収めると共に、社殿の大造営を行い「回廊」を備えた朱色が美しく輝く「寝殿造り」の社殿へ造り替えます。

しかし、残念ながら現在見ることのできる社殿は清盛が造営した頃の社殿ではありません。
正式には本殿が1571年、その他の社殿群が1236年に再建された時の姿だと伝えられています。
また、軽度な補修や修繕は現代に至るまで繰り返し行われていますが、大規模な造営や修造はないそうです。
厳島神社は鎌倉期に2度、火災により社殿群が焼失していて焼失の都度、再建が繰り返されてきたという記述が残っています。

厳島神社は平氏の栄華と共に発展と遂げてきました。
しかし、平氏が源氏に滅ぼされた後も源氏からの崇拝を受けますが、かつてほどの崇敬はなくなり、次第に衰退していきました。

それからしばらく経ち1555年、中国地方の覇者「毛利元就」が「厳島の戦い」で「陶晴賢」に勝利します。
厳島神社に新たなスポンサーが現れることとなります。
元就は水軍にも重きを置いたため、海上の神を祀る厳島神社に厚い崇敬を寄せ、今度は元就を筆頭とした毛利家の寄進を受けます。
そして厳島神社は次第に元の美しい朱色の姿を取り戻していきます。

その後さらに天下人・豊臣秀吉の崇敬を受け、より一層厳島神社の名前が有名になって行きました。

アクセス

所在地

広島県廿日市市宮島町1-1

宮島口までの行き方

自動車

車で厳島神社へ行くには、連絡船・フェリー乗り場のある宮島口周辺駐車場で車を止めて船に乗船します。

・岡山・大阪方面から
山陽自動車道、廿日市ICから国道2号線経由で約3㎞(10分)
宮島口桟橋
連絡船・フェリー(10分)

・下関・九州方面から
山陽自動車道、大野ICから国道2号線経由で約3㎞(10分)
宮島口桟橋
連絡船・フェリー(10分)

電車

電車で厳島神社へ行くには、連絡船・フェリー乗り場のある宮島口駅まで行き船に乗船します。

・JRで行く場合
JR広島駅から山陽本線で岩国・下関方面行きに乗車(約30分)
「JR宮島口」下車(徒歩5分)
宮島口桟橋

・広島電鉄で行く場合
路面電車の広島電鉄で、JR広島駅(広島電鉄に乗り継ぎ)(約50分)
広電宮島口

宮島口から厳島神社へ

宮島口の駅に着くと、連絡船・フェリー乗り場はすぐ目に入ります。

宮島へのフェリーは2つです。
約15分間隔でJR連絡船と宮島松大汽船が運行しています。

フェリーに乗ると約10分で宮島、厳島神社に到着です。

厳島神社と歴史

いかがでしたか?
厳島神社には平家から始まり毛利元就や豊臣秀吉の崇拝を受けてきた歴史があります。
そして長い歴史の中で何度も火災や天災にあいながらも今の姿の厳島神社があります。
みなさんもそんな長い歴史を持つ厳島神社に是非一度訪れてみてください。

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