縄文土器と弥生土器の違いは主に3つ!日本の原点を見つめよう

縄文土器と弥生土器の違いを知ることは、かつての日本の原点と文化の進歩を知ることにつながります。縄文土器と弥生土器の違いが分かるように、それぞれの特徴をまとめました。ぜひその違いを比較してみてください。

目次

  1. 土器とは
  2. 縄文土器とは
  3. 弥生土器とは
  4. 「縄文土器」と「弥生土器」3つの違い
  5. まとめ

土器とは

土器とは、土を練って形を作り、それを焼き固めて仕上げた器のこと。
縄文時代から平安時代という長い間に渡って使われていました。

釉薬をかけず500℃~800℃程度の低温で焼かれます。
登り窯のような特別な施設がいらず、野焼きをします。野焼きとは、平地に器を積み上げて草木をくべて焼くことです。特別な道具がいらない原始的な方法です。

陶器が800℃~1200℃で焼かれますので、焼く時の温度が全く違います。
この違いから、土器は比較的低温でできることが分かります。

ちなみに、ろうそくの一番温度の高い部分で1400℃、たばこの一番温度の高い部分で850℃です。

現代においては、素焼きの植木鉢などが最も身近な土器と言えます。

縄文土器とは

縄文土器

縄文土器とは、縄文時代に日本で作られていた土器のこと。
東京都の大森貝塚を発掘したモースによって発見されました。

縄文土器は、実用(料理や貯蔵など)と呪術の両面の用途を併せ持っていました。そのため、複雑な模様の物があったり、大よそ実用的とは思えない形のものがあったりしました。

技術的に高温で焼くことができなかったため、色は黒っぽく厚ぼったいのが特徴です。さらに脆くもありました。

しかし「土を焼き固めると器になる」というのは、縄文時代では画期的な発明だったのでしょう。
この技術は、一万年続いた縄文時代から現代に至るまで発展に発展を重ねて、長く使われていくことになります。

弥生土器とは

弥生土器とは、弥生時代に日本で作られていた土器のこと。

弥生土器は、縄文土器とは違い呪術的要素がなくなり、実用的なものがメインになりました。
稲作が始まったこともあり、坪型や甕型、高坏などのより実用的な形のものが増えてきます。

色合いは赤みをおびてきます。

縄文「式」土器?弥生「式」土器?

「式」が付いた名称で覚えたという方もいらっしゃるかもしれません。

もとは、それぞれ「縄文式土器」「弥生式土器」と呼ばれていましたが、佐原真氏により、土器の名前に「式」がつくのはおかしいと提唱されて以来(1975年)、式をとった「縄文土器」「弥生土器」と呼ばれるのが一般的になりました。

「縄文土器」と「弥生土器」3つの違い

その1 デザインの違い

縄文土器のデザイン

①縄文土器の形

縄文土器は口が広くて、底が深い形が多いといわれます。この形を深鉢形(ふかばちがた)といいます。
縄文時代の約一万年もの間、土器の基本形としてずっと使われました。

②縄文土器の模様

縄文土器の表面には、名前の通り、縄を押し付けてつける縄目の模様があります。
縄文土器のすべてについているわけではないのですが、多くの土器についています。
また、粘土を盛り上げたり、彫刻のように削ったりして、立体的な造形をしていることがあります。

モチーフとしては、神様がモデルになっていることが多いようです。縄文時代の人々が神様として崇めていた存在は、山や海、イノシシや蛇など多岐に渡ります。
日本古来より、自然に対し恐れや感謝を抱き、信仰していた現れであると考えられています。

弥生土器のデザイン

①弥生土器の形
弥生土器の形は、三種類が基本で、使い方に応じてもっともふさわしい形が完成されていったことが特徴です。坪型と甕型と高坏型です。

②弥生土器の模様
一方、弥生土器は、実用重視であることもあってか、シンプルなデザインが多くなりました。
あったとしても、丸や三角、直線や波など図形的な模様です。
ただし図形的だと感じるのは現代人の感覚です。その意図はいまだ未知数で、現代人には思いもよらぬ秘密が隠されているのかもしれません。
弥生時代を生きていた人々にとっては、もっと重大は意図があったのかもしれませんね。

その2 作り方の違い

縄文土器の作り方

紐作りの技法で形を作った後の工程です。
縄文土器は野焼きをします。平地に土器を積み上げて、草木をくべて焼く方法です。
そうすると、焼きムラの黒いシミがまだらについてしまいますが、当時においては、画期的な発明だったのだと思います。

弥生土器の作り方

弥生土器も野焼きなのですが、縄文土器とは違い、ここでもう1工程加わります。
弥生土器は、野焼きのシステムの上に、さらに土をドーム状にかぶせる「覆い焼き」という焼き方をしていました。このドーム状の土は、簡易的な窯の役割をしています。
土の中を火で炙ることで、均一に熱が土器に伝わっていくのです。

これが縄文土器との違いであると同時に進化であり、弥生土器が縄文土器よりも薄く、そして硬く焼き上げられるようになった最大の理由です。

その3 使用目的の違い

縄文土器の仕様目的

縄文土器は、主に料理と祭祀の2種類の使用目的がありました。

出土した縄文土器のうち、深い鉢のものには煮沸痕が発見されているため、食べ物の煮炊きや貯蔵に使われていたのではないかと考えられています。土器の表面に火が当たって赤く変色している部分や、煤(すす)がついている部分も発見されています。
底が深くなっている形は、汁物が蒸発しにくく、食べ物の煮炊きに都合が良かったといわれています。
縄文時代は、食生活が多様化していった時代です。大型動物の狩猟が減り、漁労や木の実などを採集して食料を調達するようにいました。
木の実は季節によって収穫できたりできなかったりするため、貯蔵しておく必要がありました。
また、生では食べられないどんぐりや山菜は、柔らかくしたりアクを抜いたりするために砕いたり煮込んだりして加工する必要がありました。
調理器具としての土器は、縄文時代の人々の生きるための知恵の1つだったと言えます。

また、縄文土器の表面の飾りなどから、豊穣や狩猟の安全の願い、供養や埋葬などの儀礼にも使用されていたのではないかと予想できます。

弥生土器の使用目的

弥生土器には、3つの形がありました。使用目的によって使い分けていたと考えられています。
壺の形をしたものは、首が細長いため、穀物や液体を保存しておくのに使っていたようです。
稲作が始まった弥生時代には、とても重宝したことでしょう。
甕の形をしたものは、口が大きく、底が深いので、縄文土器と同様で煮炊き用だったと考えられています。
高坏のついたものは、食べ物の盛り付け用のようです。

弥生時代の風習が書かれている「魏志倭人伝」には、高坏に持った食べ物を手で食べると記されています。

まとめ

いかがでしたか?
縄文土器と弥生土器の違いは、まとめると形や模様などの「デザイン」、焼き物の歴史に通じる「作り方」、道具としての「使用目的」にあることが分かりました。3つの違いがあるということですね。

土器について調べていくと、土器の表面や材質、発掘された場所などから探る考古学的な面白さを感じます。焼き物の歴史としても面白い側面を持っていますよね。当時の人々の考えを想像するのも楽しいと思います。

縄文土器と弥生土器は、隣り合う時代の中で生まれた道具ですが、多くの違いがあります。その違いには、地理や歴史、文化に至るまで、日本の原点と進歩の様子がつまっています。いろいろな視点でその違いを見つめてみてください。

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