京都に行ったら湯豆腐でしょう!でもなぜ京都なの?

京都に行くとあちこちで見られる「おばんざい」のお店。そのほとんどのお店で湯豆腐は欠かせないメニューとなっています。また湯豆腐専門店なるものもあり京都ではよく見る光景です。豆腐なら全国各地にあるのになぜ京都なの?ここでは湯豆腐の歴史を解説していきます。

目次

  1. 湯豆腐とは?
  2. 日本人はいつから豆腐を食べていたの?
  3. 江戸初期は豆腐は特別な日に食べる贅沢品。
  4. 湯豆腐のはじまりは京都。
  5. なぜ湯豆腐は京都なのか?
  6. 京都に行ったら湯豆腐をたべよう!
  7. 終活の専門家に相談してみよう

湯豆腐とは?

湯豆腐

湯豆腐とは、和食のひとつで、昆布などを出汁とした湯の中に豆腐を入れた鍋料理。お水に昆布と豆腐を入れて沸かし、醤油やポン酢、薬味などを付けて食べるのが一般的な食べ方です。近年では他に野菜なども一緒に入れて食べたり、つけダレをアレンジして提供しているお店などもあるようです。

日本人はいつから豆腐を食べていたの?

奈良時代(710~784年頃)に、中国に渡った遣唐使の僧侶によって伝えられたとされていますが、明確な記録は存在していません。初めて豆腐が記録として登場したのは、1183年に奈良春日大社の神主の日記に、お供物として「春近唐符一種」と記載があり、この「唐符」(とうふ)という文字が現在の「豆腐」の最初の記録といわれています。奈良時代から平安時代にかけて伝わったとされる豆腐は、江戸時代の中ごろになってやっと庶民の生活に根づいた食材です。江戸初期のころまでは、僧侶や貴族など、ごく少数の人々が食べる食材であったと考えられています。

江戸初期は豆腐は特別な日に食べる贅沢品。

農村では、祭りやお盆やお正月、冠婚葬祭などの特別の日のことを「ハレの日」と言っていました。この「ハレの日」にだけ豆腐料理が出され特別な日に食べる料理とされていたようです。この「ハレの日」は「晴れ着」や「晴れ舞台」というときの「晴れ」と同じ意味、おめでたい日に赤飯を食べるように、改まった日に食する食べ物が豆腐だったと考えられています。

湯豆腐のはじまりは京都。

豆腐が湯豆腐という形で食され始めたのは京都にある南禅寺の精進料理が起源とされています。その根拠となる文献資料はありませんが、肉食が禁じられた僧侶にとって豆腐は大切なたんぱく源であり、京都には数多くの寺院が点在し京都の町の中で広まっていったものと考えられます。現在食べられている湯豆腐は昆布だしで豆腐をゆでるものですが、当時は焼き豆腐を煮たもので、おでんのような料理であったといわれています。現存する最古の湯豆腐料理店が南禅寺(京都市左京区)の三門そばにある。江戸初期1635年創業の「総本家ゆどうふ 奥丹」をはじめ、南禅寺周辺には、湯豆腐専門店が軒を並べます。

南禅寺三門の景色を称えた石川五右衛門

石川五右衛門と南禅寺は深い関わりがあるとされています。歌舞伎「楼門五三桐」(ろうもんごさんのきり)のなかで南禅寺の三門に登った五右衛門が「絶景かな」と見栄を切る場面が非常に有名で知られてします。「絶景かな、絶景かな。春の眺めを値千金とは小さいたとえ、この五右衛門が目からは値万両、万々両。日もはや西に傾きて、誠に春の夕暮れの、桜の色もひとしお、ひとしお。ハテ、うららかな眺めじゃなぁ」南禅寺三門の景色は京都を一望できる高台にあります。湯豆腐を楽しんだあとは、三門からのすばらしい景色を眺めるのもよいかもしれません。

南禅寺三門とは?

南禅寺は臨済宗南禅寺派の総本山です。敷地に入ってまずすぐに目を引くのが高さ22mもある巨大な三門です。南禅寺の三門は別名「天下竜門」とも呼ばれ、日本三大門の一つに数えられています。三大門の残り2つの門は、知恩院(京都)と久遠寺(山梨)となります。

なぜ湯豆腐は京都なのか?

では、今や全国各地で作られている豆腐。なぜ湯豆腐といえばは他の地域ではなく京都なのでしょうか?豆腐の成分はほとんどが水からできています。この頃の関東で取れていた水にはミネラル分がたくさん含まれていましたが、京都の地下水は軟水でミネラル分が溶け込んでいません。豆腐は大豆を煮てにがりで固めます。にがりとは、海水からとれる塩化マグネシウムを主成分とするもので海水から塩を作る際にできるミネラル分を多く含むものであり、水の中に最初からミネラルが入っていると豆腐が早く固まってしまいます。早くに固まってしまうとたくさん隙間ができてしまい出汁が入りやすくなります。京都の水はミネラル分が少ないので豆腐が滑らかに仕上がり出汁も入りにくくなります。京都の水は豆腐作りに適しているということです。また寺院が多く点在し、精進料理として肉や魚を使うことのない湯豆腐が京都の町に普及して言った要因でもあると考えられます。

滝沢馬琴も褒め称えた京都の料理屋

江戸時代に入ると江戸でも徐々に豆腐料理は広まり始めます。その頃、京都で最も有名だったのが祇園豆腐です。『南総里見八犬伝』を書いた滝沢馬琴(たきざわばきん)は、南禅寺の湯豆腐を「南禅寺豆腐は江戸の淡雪におとれり」とけなしました。また、祇園豆腐と江戸にある真崎稲荷の甲子屋の田楽をくらべ、「祇園豆腐は真崎の田楽におよばず」と言っています。江戸びいきの馬琴ならではの評価ですが、馬琴は豆腐の味というよりも、白みそが気に入らなかったようです。その馬琴も、京の料理屋の造りと、店内の雰囲気の良さには感心したようで、「そのきれいなこと江戸のおよぶところにあらず」とたいへん褒めています。

京都に行ったら湯豆腐をたべよう!

人々

いかがでしたでしょうか?なぜ京都の名物は湯豆腐なのか。湯豆腐がいかに人々に愛されるものであったか、京都に行って湯豆腐を食べるときは、豆腐の歴史、湯豆腐にまつわる豆知識を思い浮かべながら京都の歴史を堪能するのもまた一興かもしれません。

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