南無阿弥陀仏は仏教のどの宗派のお経? 各宗派の教義内容も比較

南無阿弥陀仏は仏教のどの宗派のお経? 各宗派の教義内容も比較

南無阿弥陀仏というお経は仏教の中でも最も有名なものかと思います。自分の宗派の念仏は知らないけれど、これは知っている、という方もいるかもしれませんね。ここでは南無阿弥陀仏が仏教どの宗派で使われていて、どんな教義に基づいているかという説明をしたいと思います。

最終更新日: 2020年01月31日

南無阿弥陀仏を使用する宗派はどこ?

仏教で南無阿弥陀仏と唱える宗派は浄土宗・浄土真宗(真宗もしくは一向宗とも)・時宗(遊行宗)・天台宗・融通念佛宗などです。

これらはいずれも鎌倉時代に成立した鎌倉新仏教に含まれます。
なお鎌倉新仏教の六宗派は浄土宗・浄土真宗・時宗・法華宗・臨済宗・曹洞宗のことを言います。

とりわけ信者が多いのは浄土真宗です。
仏教の浄土真宗は、一度信仰心をもって念仏を唱えれば、その時点で極楽へ行くことが決定するというように、即時にご利益を約束してくれます。

現在ある仏教の宗派の中でももっとも多くの信者数がいるのは、そういった点に人々が魅力を感じたためかもしれません。
なお本願寺派は文化庁が2017年3月に出版する予定の宗教年間の調査によると、792万6894人の信者がいるとのことです。

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「終活ねっと」運営スタッフ

今回「終活ねっと」では南無阿弥陀仏の宗派に関して以下のような事柄を中心に説明していきます。

  • 南無阿弥陀仏の意味について
  • 南無阿弥陀仏の宗派はどれ?
  • 各宗派の教義内容について

時間がないという方やお急ぎの方も、知りたい情報をピックアップしてお読みいただけます。
ぜひ最後までお読みください。

南無阿弥陀仏の意味

仏壇

南無阿弥陀仏、というこの言葉には、どんな意味がこめられているのでしょうか。

仏教で南無阿弥陀仏を唱える宗派にとって重要なのは、阿弥陀仏という仏の存在となります。
阿弥陀仏はかつて心を持って生きているすべてのもの(衆生)を救うため、それらに成り代わって功徳を積みました。

これを表す言葉が南無阿弥陀仏で、そのため衆生がこれを唱えることにより仏の力が回向()し、また新たな人が救われるという意味を持っているのです。

鎌倉新仏教は武士や民衆のための宗派

鎌倉新仏教は新興の武士や、民衆のために作られた宗派なのです。
ちなみに奈良時代の仏教は国のため、平安時代の仏教は貴族たちのために作られました。

厳しい戒律などがない宗派

鎌倉新仏教は、それまでの仏教の宗派とは違って厳しい戒律や学問、寄進を要求しません(例外として禅宗の臨済宗と曹洞宗は戒律を重視しています)。
つまり信仰を持っていさえすれば、俗世で暮らしたままで御利益にあずかることができるのです。

鎌倉新仏教が生まれた背景

12世紀ごろ、民衆は仏教の末法思想を意識すると同時に、新しい救いを求めていました。
なぜならば相次ぐ戦乱や飢饉が続けて起こっていたため、その動きに反映するように成立し、民衆の救いとなっていったのが、これら鎌倉新仏教なのです。

南無阿弥陀仏を唱える各宗派の教義内容

親鸞

仏教の宗派で南無阿弥陀仏と唱える考え方を最初に表したのは浄土宗です。
その後浄土宗の考え方を発展させつつ成立していったのが浄土真宗と時衆なのですが、教義内容は少しずつ違っています。
比較しながら見ていきましょう。

浄土宗の教義

浄土宗の宗派は法然を開祖としています。
阿弥陀仏への信仰をもつことが教説の中心になっていて、教義は『絶対他力、専修念仏』となっています。

この『絶対他力』というのは、他人に任せてしまう、という意味ではなく、人間というのは凡俗な存在であるため、自分から行った行動では仏になることなど不可能だ、ということを示しています。

そのため『専修念仏』、念仏を唱えることというのは自分の行いではなく、阿弥陀仏の力を借りる行為であるため御利益をたまわることが可能なのだ、という解釈になり、浄土宗は真剣に念仏を唱えれば唱えるほど極楽へゆくことが可能となる、という考え方になりました。

ゆえに「苦しい行いをしなくても、ひたすら南無阿弥陀仏を唱えれば仏になれる」という教義が形づくられたのです。

浄土真宗の教義

浄土真宗は、法然の教えをもとに弟子の親鸞が発展させて作り上げた宗派です。
そのためこの宗派も自力では仏になれない、ということが前提となっています。
教義は『本願力回向・称名念仏・現生正定聚・悪人正機』の3つです。

『本願力回向』は他人に良くして自分の功徳を積むことで、その他人とともに浄土へ行くことで、『他力本願』は法然の教えである他力や本願(仏や菩薩が過去において立てた誓願)に頼って浄土へ行くことです。
くわえて『称名念仏』は念仏を唱えることで阿弥陀仏をたたえることです。
そして『現生正定聚』は阿弥陀仏より分け与えられた功徳を受け入れることで浄土へ行くことです。

では『悪人正機』ですが、どのような意味をも持っているのでしょうか。
浄土真宗の『悪人』の意味と、世間一般で使われている『悪人』の意味はかなり違うため、誤った解釈がされているときがあります。

親鸞が説く悪人というのは、仏の視点から見て「凡俗であるがため仏の視点からは『善悪』の判断をすることすらできない人々」を表しています。
そういった『悪人』が他力本願の力、阿弥陀仏の光に照らされることによって自らの愚かさを自覚すれば救済される、という意味なのです。

もともと阿弥陀仏が救いたいと願っている対象は生きとし生ける全ての存在であり、犯罪を犯した人だけを特に救いたい、という意味ではないのです。
親鸞の説法からして「すべての人の本当の姿は悪人である」という前提で説かれています。

時宗の教義

時宗の開祖は「遊行上人」と呼ばれていた一遍です。
あくまで浄土宗の一派であるという姿勢を示していたため、当初は時衆と名乗っていました。

江戸時代に入って、幕府の意向によりさまざまな勧進聖(各地を遍歴しながら説法を説くと同時に寺への寄付を求めていた人物)が一遍を中心として時衆に統合され、他宗派と同様に「宗」の文字を使い始め時宗となりました。

時衆の教義も基本は阿弥陀仏による救済ですが、阿弥陀仏への信仰があるかどうかは関係なく、念仏を唱えさえすれば往生できる、という内容になっています。

これは一遍が仏の本願力を絶対的なものとしてとらえていたため、ならば仏を信じないものにまでその力が及ぶだろう、という解釈を行ったためです。

おわりに

南無阿弥陀仏を唱える宗派は、様々な形に発展していきました。
その考え方はどれも「人間だけの力では仏になることができない」という考え方が基本になっています。
多少理解しづらいところもありますが、この記事が教義理解の一助になれば幸いです。

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