浄土真宗大谷派とは その教えと歴史、お仏壇、おつとめ、お墓

浄土真宗は親鸞によって開かれ、阿弥陀如来を本尊とします。関が原の戦いを経て、現在の浄土真宗本願寺派と真宗大谷派に分かれました。真宗大谷派は京都の東本願寺を本山とします。真宗大谷派の教えと歴史、お仏壇、おつとめの作法やお墓について調べてみました。

目次

  1. 浄土真宗の開祖親鸞の教え
  2. 分裂と真宗大谷派の誕生
  3. 浄土真宗の主な十派とその本山
  4. 真宗大谷派のお寺
  5. 浄土真宗大谷派のおつとめ
  6. 浄土真宗大谷派のお仏壇
  7. 浄土真宗大谷派の法名とお墓

浄土真宗の開祖親鸞の教え

浄土真宗の教えの根本となる聖典は、親鸞が書いた「教行信証」にあります。親鸞は「大無量寿経」を真実の経と考え、阿弥陀如来の願いを「他力本願」としました。その教えを理解することは大変難しいことだと思いますが、私なりのことばで述べることが許されるならば、以下のようなことでしょうか。「南無阿弥陀仏」と唱えて阿弥陀如来を信じることで、阿弥陀如来が極楽浄土に導いてくださります、生きている間は念仏を唱えて阿弥陀如来の御恩に報いる生活を送りましょう。極楽浄土へは自力で、つまり現世での行いや考えでいけるものではなく、他力すなわち阿弥陀如来の力によって導かれる、たとえ悪人であっても「南無阿弥陀仏」と唱えることで阿弥陀如来の本願によって極楽浄土にいける、ということですね。浄土真宗が広く人々に受け入れられたのは、こうした教えにあるのかもしれません。

分裂と真宗大谷派の誕生

歴史的な背景について少し触れてみたいと思います。1262年の親鸞の没後、弟子や娘によって墓所である大谷廟堂が京都に作られました。場所は現在の知恩院のあたりであったようで、石碑があります。1321年に親鸞の子孫である覚如がこの地を「本願寺」と呼ぶようになり、後に亀山天皇から「久遠実成阿弥陀本願寺」と下賜されて布教の拠点となっていきました。以降、戦国時代に至るまで、浄土真宗の教えは全国に広まりましたが、門徒たちの強い信心は強い結束力となり、それゆえ幾多の国盗りや他仏教との戦乱に巻き込まれていきました。特に1570年の「石山合戦」といわれる織田信長との戦いでは、信長との和睦を推し進める穏健派と徹底抗戦を進める強硬派とに意見が分かれ、この内部分裂が後の本願寺の分裂につながったといわれています。関が原の戦い以降、1602年に徳川家康が現在の西本願寺の東側にあたる土地を寄進したことにより、分かれた一派がこの地を新たに本願寺として教如を宗主に置きました。これが東本願寺の始まりといわれています。1881年、真宗大谷派と宗派名を定めています。ちなみに現在の西本願寺は1591年に豊臣秀吉から寄進された土地に移転したものです。

浄土真宗の主な十派とその本山

浄土真宗というと本願寺派と大谷派が有名ですが、他にもあります。以下のリンクをご参照ください。

真宗大谷派のお寺

真宗本廟

東本願寺の正式名称のことです。詳細は以下のリンクで確認してください。

大谷祖廟

東本願寺から少し離れています。親鸞聖人をはじめ全国の真宗大谷派の宗主、門徒の遺骨が納骨されています。納骨や永代供養の申し込みは以下のリンクで確認してください。西本願寺の廟は大谷本廟といいます。

浄土真宗大谷派のおつとめ

法要などでは「仏法無量寿経」「仏説感無量寿経」「仏説阿弥陀経」の「浄土三部経」があげられます。日々のおつとめ(勤行)は「正信偈」をとなえます。朝夕、1日2回仏前にむかい、蝋燭をともし、香をたいてお供えします。お線香は立てずに半分程度に折って寝かせます。お焼香は2回つまんでいただかずにお供えします。数珠をつけて「南無阿弥陀仏」と礼拝してから正信偈をとなえます。正信偈は親鸞聖人の教行信証の末尾に書かれた偈文です。最後にもう一度「南無阿弥陀仏」と礼拝します。浄土真宗大谷派の法要の中で最も大きな仏事は報恩講です。親鸞聖人の祥月命日である11月28日の前後に行われる法要で、親鸞聖人の教えを聞き、その御恩に報いる法要です。

浄土真宗大谷派のお仏壇

ご本尊は阿弥陀如来の尊像または「南無阿弥陀仏」の六字名号、お脇掛は右に親鸞聖人の御影または名号、左に蓮如上人の御影または名号です。ご本尊とお脇掛を安置できれば、お仏壇の大きさや種類に決まりはないようです。法名は法名軸をお仏壇の左右側面に飾ります。位牌は使用しません。お飾りは香炉、蝋燭台と花瓶がそれぞれ1対の五具足ですが、普段は蝋燭台と花瓶をひとつずつ減らした三具足です。報恩講や法要のときは五具足にします。

浄土真宗大谷派の法名とお墓

お墓

浄土真宗には戒名がありません。戒名とは仏門で守るべき戒の儀式を受けたときに与えられる名であるためです。代わりに在家でありながら仏門に帰依するという意味で「おかみそり」という帰依式を受け、法名をいただきます。これは毎日本山で行われています。生前におかみそりを受けなかった方は、亡くなった後に住職が変わりに行い、この時に法名をいただきます。男性は「釈○○」女性は「釈尼○○」とし、「院号」や「道号」「居士」などの尊称は本来つけません。極楽浄土に行ったらみんな平等であるという考えのもとです。墓石には、一般的には「先祖代々の墓」「○○家の墓」など刻まれることが多いと思いますが、浄土真宗では「南無阿弥陀仏」や「倶会一処」などの仏語を刻みます。「倶会一処」とは、ともに極楽浄土でお会いしましょうという意味です。家名は2段目か花立の下に彫ります。法名は法名碑として石版に彫ります。

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