大人気興福寺の仏像阿修羅像、他の仏像も共にご紹介します

興福寺の国宝阿修羅像、全国にファンが沢山居て今はファンクラブまであります。興福寺にはまだ他にも、国宝の仏像が何体もあります。阿修羅像と合わせて、興福寺の仏像の数々をご紹介したいと思います。

目次

  1. 奈良の興福寺
  2. 興福寺の仏像、国宝阿修羅像
  3. 興福寺国宝館の仏像
  4. 東金堂の仏像
  5. 中金堂の再建
  6. 北円堂と南円堂の仏像
  7. 興福寺の仏像まとめ

奈良の興福寺

興福寺は国宝仏像彫刻の15%を所蔵していると言われています。興福寺は南都六宗の一つで、法相宗の大本山南都七大寺の一つに数えられています。仏像界のアイドルと言われている、阿修羅像をはじめ国宝の仏像をご紹介していきます。

奈良県興福寺について

奈良の興福寺は、世界遺産に登録されているお寺でもあります。天智天皇8年(669年)京都山科にあった、藤原鎌足の私邸に創建された「山階寺」(やましなでら)が起源とされています。その後壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、藤原氏の私寺でもあった為藤原京へ一緒に移り地名の高市郡厩坂から取って「厩坂寺」に名前を変えることになります。
和銅3年(710年)平城遷都に際して、再び現在の地に移転する事になり名前を「興福寺」に改めました厳密に言えばこの時が創建年と言う事ではないのかもしれません。けれども、興福寺は和銅3年名前を興福寺と改めたこの年を創建年としています。

興福寺の仏像、国宝阿修羅像

阿修羅像には仏像界のアイドルだけあって、ファンクラブがあり2,500人の会員が現在いるそうです。阿修羅像は三つの顔と四つの腕が有り、興福寺の阿修羅像は荒々しさが無く見る角度によってお顔の表情が変わる事も人気の一つと言われています。

制作時代:奈良時代、像高:153.4cm、安置場所:国宝館、文化財:国宝

阿修羅像

「国宝阿修羅展」興福寺創建1300年記念

上野の東京国立博物館において、2009年3月31日~6月7日まで興福寺創建1,300年を記念して「国宝 阿修羅展」が開催されました。入場者数も95万人を超える大盛況で、老若男女普段は仏像になど興味なさそうな女子高生までも一時間待ちの長蛇の列に並んでいました。

興福寺国宝館の仏像

興福寺の国宝館にはその名の如く、阿修羅像をはじめ国宝の仏像が数多く納められ安置されています。旧食堂(じきどう)が建っていたところに、昭和34年(1959)鉄筋コンクリート造りの耐火式宝物収蔵庫及び一般公開をするための建物として建てられました。収蔵庫としての施設でもある為、沢山の国宝が納められています。興福寺は藤原や時の天皇によって、手厚く保護されていましたがその反面火災や落雷に何度も遭い建設と焼失を繰り返しています。

国宝の仏像

国宝館に現在納められている仏像達です。

迦旃延像・制作年代:奈良時代
迦楼羅象・制作年代:奈良時代
乾漆十大弟子立像・制作年代:奈良時代
乾漆八部衆立像・制作年代:奈良時代
緊那羅象・制作年代:奈良時代
鳩槃茶像・制作年代:奈良時代
幹閥婆像・制作年代:奈良時代
五部浄像・制作年代:奈良時代
沙から像・制作年代:奈良時代
舎利佛像・制作年代:奈良時代
須菩提像・制作年代:奈良時代
厨子入り木造吉祥天倚像・制作年代:奈良時代
厨子入り木造弥勒菩薩半跏像・制作年代:奈良時代
ひ婆迦羅像・制作年代:奈良時代
富楼那像・制作年代:奈良時代
木造金剛力士立像・制作年代:鎌倉時代
木造天燈鬼・龍燈鬼立像・制作年代:鎌倉時代
羅ごう羅像

木造千手観音菩薩立像

制作年代:鎌倉時代 文化財:国宝 桧材 寄木造 漆箔 玉眼  像高 520.5cm 

付、像内納入品として以下の物が納められていました。
木制五輪塔    1基      梵字千手観音菩薩呪鏡 蓮台付(秋草双雀鏡) 1基 
銅造観音菩薩立像 1体      銅造観音菩薩立像              1体
大般若経巻第五百七十八 (千手千眼陀羅尼経 各安貞二年孟夏憲円書写奥書) 合一冊
般若心経  (建保五年より安貞二年まで、尭俊等毎月書写奥書)        3巻 
千手観音揩仏 (内四枚に安貞二年四月の記載あり)      2428枚        
著色毘沙門天像及同印仏(貞応二年正月三日の記載あり)      1幅
毘沙門天印仏(承久二年より安貞二年までの押印の記載あり)   820枚
版本千手千眼陀羅尼(内寛喜元年四月弘真や道俊等の記載あり)   46巻 
奉加結縁交名  1巻

創建1300年記念「国宝興福寺仏頭展」

「興福寺創立13000年記念国宝興福寺仏頭展」が、2013年9月3日~11月2日までの期間上野東京藝術大学大学美術館において開催されていました。仏頭展には同じ興福寺より板彫十二神将像も一緒に展示されています。仏頭は薬師如来の仏像の物です。十二神将は薬師如来の眷属になります従者と言う事です。この仏頭と十二神将、実は六百年ぶりの主従の再会だったのです。

仏頭の守護神として、台座の周囲に貼られていたようです。

国宝 銅造仏頭(旧東金堂本尊)

制作年代:白凰時代 文化財:国宝 銅造 鍍金 

天武14年(685)に天皇が、亡き蘇我倉山田石川麻呂の為に造った飛鳥山田寺講堂本尊の頭部です。
その後鎌倉期文冶3年(1187)に、興福寺東金堂本尊薬師如来として迎えられました。
応永18年(1411)に落雷によって、本堂と共に焼失し頭部が行方不明となっていました。
応永22年(1415)残った頭部を、本尊台座に収め再建されていたことが昭和12年(1937)に発見され現在に至っています。頭部のみで98.3cmですから、本来の薬師如来像はどの位の大きさだったのでしょうか?かなりの大きさだと推察はできます。

板彫十二神将立像

制作年代:平安時代 文化財:国宝 桧材 一材制 板彫 像高:縦100.3~88.9cm 
横42.7~33.6cm 幅3.3~2.2cm
薬師如来の眷属ですが、それぞれに七千の兵を率いて如来を守っている師団長でもあります。お釈迦様に帰依してからは、仏教徒を守る役目も持つことになったと言います。

十二神将の頭上には、干支の動物が彫れています各干支は以下の通りです。
毘か羅(びから)大将像・・・子   招杜羅(しょうとら)大将像・・丑 
真達羅(しんだら)大将像・・寅   摩虎羅(まこと)大将像・・・・卯
波夷羅(はいら)大将像・・・辰   因達羅(いんだら)大将像・・・巳
珊底羅(さんてい)大将像・・午   あ備羅(あたら)大将像・・・・羊
安底羅(あんてら)大将像・・申   迷企羅(めきら)大将像・・・・酉
伐折羅(ばさら)大将像・・・戌   宮毘羅(くびら)大将像・・・・亥

東金堂の仏像

木造四天王立像・・・東金堂須弥壇の四方に安置されています。
制作年代:平安時代 文化財:国宝 桧材 一本造 彩色 瞳は黒漆 
像高:持国天像162.5cm 増長天像161.0cm 広目天像164.0cm 多聞天像153.0cm

持国天像と増長天像は正面を向いています。広目天像と多聞天像はお互いに内側を向いて立たれています。

112年ぶりに再会した仏像

東福寺所蔵の梵天と根津美術館所蔵の帝釈天が、112年ぶりに一緒に根津美術館において特別展示が行われました。もともと、興福寺で一対で展示されていましたけれども、明治期の廃仏段釈で疲癖していた興福寺を支援した益田翁に返礼として帝釈天を譲っています。その後、根津美術館が所蔵する事になったと言う経緯がありました。

特別展示にあたって法要が行なわれ、一緒にお経を聞いたことで梵天も帝釈天も嬉しそうだたと法要に参加した方がおっしゃていました。共に181.3cmと大きく、運慶の父の門下で定慶作による貴重な仏像です。展示が終われば、再び離れ離れとなります。

中金堂の再建

興福寺には3つの金堂があります、その中でも中心になっているのが中金堂です。興福寺は記録に、残っているだけでも百回くらいは焼けています。中でも中金堂は7回の焼失と再建を繰り返して文政2年(1819)、奈良の人達の寄進により、本来の大きさよりも一回り小さい規模ですが再建されました。明治4年(1879)国に一時没収されましたが、明治16年(1883)に返還され再び中金堂としての役目を果たしています。

近年老朽化が進み、昭和50年(1975)に中金堂の講堂跡に借りの金堂を建て御本尊などを移し、再び再建に向けての作業が進められています。古式の建築様式に、あくまでこだわった再建を目指して行われています。落慶は、平成30年に予定しているとの事なので大変楽しみです。

北円堂と南円堂の仏像

通常北と南の円堂は、非公開になっています。北円堂は毎年春と秋に特別公開されていますし,南円堂は毎年特別御開帳が行なわれますので完全非公開と言う分けではありません。

北円堂の仏像

木心乾漆造四天王立像・・北円堂の八角須弥壇の四方に安置されています。
制作年代:平安時代 木心乾漆造 漆箔 彩色 
像高:持国天像136.6cm 増長天像136.6cm 広目天像139.7cm 多聞天像134.7cm

木造弥勒如来坐像・・仏師源慶を中心に造られたのですが、統率していたのが運慶で晩年の作と言われています。制作年代:鎌倉時代 文化財:国宝 桧材 寄木造 彩色 彫眼 
像高 141.9cm

木造無著・世親立像・・北インドで活躍し法相数学を確立した兄弟です、弥勒菩薩の両脇に安置されています。 制作年代:鎌倉時代 文化財:国宝 桂材 寄木造 彩色 玉眼 
像高:無著194.7cm 世親191.6cm

南円堂の仏像

木造四天王立像・・・持国天、増長天、広目天、多聞天を四天王と言います。
制作年代:鎌倉時代 文化財:国宝  桂材 寄木造り 彩色 彫眼
像高:持国天206.6cm 増長天197.5cm 広目200.0cm 多聞天197.2cm
南円堂の、須弥壇の四方に安置されています。動きは大きく、持国天と増長天の腰は左にひねられています。広目天と多聞天は、反対に右に腰をひねって造られています。

木造不空羂索観音菩薩坐像
制作年代:鎌倉時代 文化財:国宝 像高 336.0cm 桧材 寄木造 漆箔 彫眼で 瞳が玉眼 文冶5年(1189)に、15ヵ月を掛けて仏師康慶とその弟子たちが造った観音菩薩坐像です。


木造法相六祖坐像・・・興福寺の法相宗の興隆に貢献した法曹の肖像が六祖坐像です。
制作年代:鎌倉時代 文化財:国宝 桧材寄木造り 彩色 玉眼
像高:常謄73.3cm 神叡81.2cm 善珠83.0cm 玄昉84.8cm 玄寶77.2cm
行賀74.8cm 
南円堂須弥壇の、八角形の周囲に安置されています。

興福寺の仏像まとめ

奈良興福寺には、数多くの仏像が所蔵されています。国宝を中心にまとめてご紹介いたしました。もし奈良へ行かれることが有りましたら、興福寺の仏像に逢いに行ってはどうでしょうか。その時の、旅のお共にこのまとめがお役にたてたら幸いです。

興福寺

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