小田原城に象!人気者だった象のウメ子の激動に満ちた人生

神奈川県小田原市にある小田原城を整備した小田原城址公園の動物園には2009年までインドゾウが一頭飼育されていました。その象の名前はウメ子。彼女は60年近く小田原城で人気者でした。今回はそんな象のウメ子の人生を追っていきましょう!

目次

  1. 小田原城で暮らしていた象、ウメ子
  2. タイ王国からやってきた
  3. 象のウメ子が暮らした小田原城
  4. 象のウメ子を襲った悲劇
  5. 還暦を迎えた象のウメ子
  6. 人気者象のウメ子の最後
  7. 小田原城の象、ウメ子の生涯

小田原城で暮らしていた象、ウメ子

ウメ子は1952年から亡くなる2009年まで小田原城址公園で60年近く飼育されていたインドゾウです。ウメ子は来日当初から人気者でしたがその生涯には多くの苦難もありました。
困難を乗り越え天寿を全うした象のウメ子の人生にはいったい何があったのでしょうか。

タイ王国からやってきた

象のウメ子は日本が戦災復興中だった1950年に、小田原市が「小田原こども文化博覧会」を市制開始10周年となるこの年に開催するにあたってタイ王国から呼びました。タイ王国からやってきたウメ子は横浜港から日本に上陸しその年の9月まで上野動物園に滞在しました。この時は井の頭自然文化園の象、はな子とともに生活していました。

タイ

その後ウメ子は博覧会のために小田原城にやってきます。博覧会はウメ子の人気も相まって50日間で10数万人を呼ぶ大盛況に終わりました。このウメ子の人気ぶりを見て、当時の鈴木十郎小田原市長は恒久的に小田原城でウメ子を飼育することに決め、ウメ子を購入します。
こうしてウメ子は小田原城址公園の動物園でその生涯を閉じるまで飼育されることになったのです。
来日当時、推定3歳、体重約450Kg、体長約1.2mでしたが、ウメ子が亡くなる2年前の2007年には体重約3t、体調3mにも成長していました。ウメ子は毎日60㎏の餌を平らげていました。

象のウメ子が暮らした小田原城

小田原城に来てからすぐに人気者になった象のウメ子、実はその住まいとなる運動場と象舎は何度か変わっています。
小田原城に来た当初は運動場はなく象舎のみで、柵に囲まれた広場に鎖でつないで飼育されていました。運動場ができたのは1952年、プール付きの空堀で囲まれた総コンクリート製のものでウメ子がなくなる2009年まで新築されることはなく改築を行いながら使い続けられました。完成当初はウメ子が鼻を伸ばせば見物客と触れ合えるほどの距離しかとられていませんでしたが、安全面を疑問視する声が上がり1970年代には、見物客側の柵を下げるなどの対応がとられました。
ただ、この運動場はそれほど広いものではなく、コンクリート製である上にウメ子一頭で暮らしていたことから「かわいそう」という声も上がっていました。

象のウメ子を襲った悲劇

象のウメ子がかわいそうなのはそれだけではないのです。彼女はその人生で幾度となく悲劇に見舞われているのです。

足を滑らせて空堀に転落

1981年1月、ウメ子は見物客が与えてくれる餌をとろうと必死で鼻を伸ばした際に足を滑らせて見物客とウメ子を隔てる空堀に転落してしまいました。幸いなことにウメ子は軽傷で済みましたが、空堀の深さがおよそ1.6mあり、ウメ子は自分では空堀から出ることができませんでした。この時は飼育員ら5人が好物の野菜で気を落ち着かせながら、およそ3トンの巨体を1時間半かけて引き上げました。実はウメ子はこれより前にも1957年頃と1960年代の2回、同じように空堀に転落してしまったことがあります。そのたびにウメ子は時間をかけて引き上げられていました。

さらなる苦難がウメ子を襲う

1981年以降は放飼場の改築もあり空堀に転落することもなかったウメ子ですが、さらなる苦悩が1993年10月にウメ子に降りかかります。
この日ウメ子の象舎で清掃作業をしていた男性飼育員が死亡する事故が発生してしまったのです。当時、敷き藁を取り換える作業を飼育員二人が行っていました。この時一人の飼育員にウメ子が近づき、直後に飼育員が頭から血を流して倒れていたそうです。もう一人の飼育員はウメ子の反対側にいたため、事故の瞬間を目撃できませんでした。このためなくなった飼育員がウメ子につき飛ばされてしまったのか、自分で頭を滑らせたのかは警察の調査をもってもわかっていません。
しかし、ウメ子が亡くなった飼育員に危害を加えてしまった形跡はなっかったとされています。
このような観点からウメ子の処分は検討されることはありませんでしたが、事故当日はウメ子は運動場へ出されることはありませんでした。

還暦を迎えた象のウメ子

2007年、ウメ子は来日57年を迎えました。
ウメ子は来日したとき推定3歳とされていたためこの年に還暦を迎えたことになりました。
小田原城では象のウメ子の還暦を祝い、写真展やメッセージの掲載が行われ、10月にはウメ子の食べられる食パンやバナナで作られたバースデーケーキが送られ、多くの人がウメ子の還暦を祝福しました。
この時もウメ子は人気者でした。

人気者象のウメ子の最後

みんなの人気者、象のウメ子にも別れの時がやってきます。
2009年9月17日、象舎で横たわり動かなくなっているウメ子が発見されました。前日もいつもと変わらない餌60㎏の餌を完食していたため、突然の死に多くの人が驚き、悲しみました。一月後には小田和条でお別れの会が行われおよそ5000人が参列する中、ウメ子には当時の加藤憲一小田原市長から市民功労賞特別賞が贈呈されました。このことからもうウメ子がいかに人気者であったわかりますね。

ウメ子は亡くなったとき推定62歳、人間でいえば100歳を超える長寿でした。

小田原城の象、ウメ子の生涯

いかがだったでしょうか。
ウメ子は来日から人気者であり続け、彼女亡き後も多くの人の心に残っています。
残念な子ことに彼女の暮らしていた象舎は撤去され跡地にレリーフが設置されています。

小田原城にはみんなの人気者だった象のウメ子というインドゾウがいたことを、この記事を通して少しでも覚えていただき、箱根や小田原を訪れたときには彼女のことを思い出していただければ幸いです。

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