熊本城とその歴代城主たち ~城に込められた想い~

熊本城のルーツについて、歴代城主がどんな人物だったのか、熊本城と歴代城主について紹介していきたいと思います。

目次

  1. 熊本城について
  2. 熊本城の歴代城主
  3. 熊本城築城主・加藤清正
  4. 熊本城城主・細川忠利
  5. 歴代城主の仲間入り?!
  6. まとめ

熊本城について

熊本城

1607年に加藤清正によって築城されました。
難攻不落の城として恐れられてたほど堅城な城です。

西南戦争により、天守などが焼失しており1960年に再建されました。
櫓や城門などは国の重要文化財に指定されています。
「熊本城跡」としては国の特別史跡に指定されています。

平成28年による熊本地震により甚大な被害を受け、現在は復興作業中です。

熊本城の歴代城主

熊本城のルーツや歴代城主たちについて紹介したいと思います。

千葉城

出田秀信

千葉城という城は、熊本城のルーツとされる城です。
この千葉城の城主であり築城主だったのが、出田秀信です。

鹿子木親員(寂心)

出田氏の後を継ぎ千葉城主となったのが鹿子木氏です。
しかし、千葉城では狭すぎたため、新しく城を築城します。
その新しい城が熊本城のもうひとつのルーツである「隈本城」です。
隈本城が築城されると千葉城は廃城となります。

隈本城

城親冬

隈本城を築いた鹿子木氏に続いて城主となったのが、城氏です。
城氏は三代に渡って城主でありました。
しかし、豊臣秀吉による九州征伐が行われ、城氏は戦わずして城を明け渡すことになります。

佐々成政

城氏の後を継いだのが、佐々成政です。
しかし、肥後国人一揆が起こります。
その一揆を鎮めることができなかった成政は、その責任を取り切腹を命じられます。

加藤清正

佐々成政の後を継いだのが、加藤清正です。
清正は、侍大将から一国の城主となる大出世を果たします。
そして、隈本城をもっと堅城な城にするべく、千葉城も取り入れた茶臼山全域に築城をスタートさせます。

熊本城築城主・加藤清正

1591年に築城をスタートさせ、1607年に完成します。
そして「隈本城」から「熊本城」へと字を変更します。
「隈」より「熊」の方が強く勇ましいという理由で、清正により変更されました。

石垣へのこだわり

熊本城には、加藤清正によるこだわりがいたるところに見られます。

そのひとつに「石垣」があります。
「武者返し」と呼ばれ、上にいくほど角度があるつくりの石垣を築きました。
この石垣を築くために、近江から「穴太衆」と呼ばれる石垣を築くプロを連れて来て築かせました。

そんな石垣は「清正流」と呼ばれています。
他の城には見られない、熊本城独特の石垣です。

備えあれば憂いなし

加藤清正は、慶長の役で激しい籠城戦を経験しており、その経験を生かしたアイデアを熊本城の至るところに施しています。

そのアイデアのひとつが、畳や壁に食べ物を混ぜて、いざというときに食べれるようにしていたというアイデアです。
そして、城内では野菜を栽培して食糧確保していました。
更には食糧だけでなく、井戸もたくさん掘っていて、水の確保もしっかりしていました。
井戸は約120ヶ所掘られていました。
清正は築城の名手であると共に、井戸掘りの名手としても知られていました。

熊本城城主・細川忠利

1632年に加藤氏が改易された後、細川忠利が城主となります。
加藤氏は領民に慕われていたとされ、その後を継いだ忠利は領民への気遣いをしていたといわれています。
そして忠利は、熊本城主となると改修に尽力しました。
そんな細川氏により熊本城は江戸時代まで拡張され続けました。

先代を偲んで

先代城主である加藤清正は、領民に慕われていました。
その後を継いだ細川忠利は、熊本城に入場するとき、清正の位牌を持って入場したといわれていたり、祀られている方角を拝んだといわれていたりしています。

花畑屋敷

忠利は、本丸に住まなかったといわれています。
すぐ近くにある花畑屋敷というところに住んでいました。
この屋敷は加藤清正が熊本城を建てる際に使用していた屋敷で、庭がとても立派だったそうです。
忠利は、この庭が気に入りこの屋敷に住んでいたといわれています。
一方で、清正への尊敬ゆえに遠慮して本丸には住まなかったともいわれています。

歴代城主の仲間入り?!

一口城主から復興城主へ

「兵船28年熊本地震」による熊本城への被害でより「一口城主」といわれる寄付制度がつくられました。
一時休止されていた制度ですが「復興城主」と改められ再開されました。

寄付の輪を広げよう

「復興城主」になると、多くの特典を得ることができます。
デジタル芳名板に自分の名前が記載されたり、城主手形がもらえたりといろいろです。
熊本城の復興のための寄付の輪を広げていきましょう。

まとめ

熊本城は誰もが知る名城です。
しかし、そこにあるルーツはあまり知られていません。
今回は、そんな熊本城のルーツについて紹介させていただきました。

そんな熊本城ですが、平成28年に起きた熊本地震により甚大な被害を受け、危機的状態です。
これまでも危機的状況を乗り越えてきた熊本城ですが、今回もきっと乗り切り、震災前の強く猛々しい熊本城の姿をみせてくれると思います。
そのために私たちが出来ることを考え実行していきたいと思います。

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