菅原道真ってどんな人?百人一首から分かる学問の神様の才能

菅原道真といえば、天神さんと呼ばれ学問の神様として知られることが多いかもしれません。文才にも優れた菅原道真の和歌は、百人一首にも選ばれているんですよ。この記事では、道真の百人一首について詳しくご紹介します。

目次

  1. 菅原道真(すがわらのみちざね)とは
  2. 菅原道真の百人一首
  3. 古語の意味
  4. 百人一首が詠まれた背景
  5. 旅の行先「吉野」とは
  6. まとめ

菅原道真(すがわらのみちざね)とは

困った人々

菅原道真の和歌は、百人一首に選ばれています。
彼の名前は、学問の神様として聞いたことがあるという方も多いかもしれません。
この記事では、菅原道真がどのような人物だったのかご紹介します。

学問・詩文に優れる

菅原道真(845年~903年)は、平安時代の学者の家に生まれた貴族です。
若い時から聡明で学術に長け、35歳にして最高の権威・文章博士(もんじょうはかせ)となり、54歳で右大臣にまで出世します。
非常に強い影響力を持ち、894年には遣唐使の廃止をしています。
教科書にも載っている内容なので、印象に残っている方も多いかもしれませんね。

太宰府へ左遷

ところが、宇多天皇が醍醐天皇に譲位すると状況が変わります。
菅原道真を妬む者たちによる謀ごとで、九州の太宰府に左遷させられてしまいます。
その後、59歳で失意のうちに没しました。

菅原道真の死後

菅原道真の死後、都では異常な事が起こります。
彼の左遷に関わった人々が次々と死に、都には飢饉や干ばつが襲いかかります。
菅原道真の祟りだと恐れた人々は、彼の左遷を撤回します。
947年には、菅原道真の怨霊を鎮めるために北野天満宮が建てられ、学問の神様として信仰を集めるようになったのです。

菅原道真の百人一首

かるた

歴史上の偉人として有名な菅原道真ですが、和歌の才能にも注目です。
菅原道真の和歌は「菅家(かんけ)」という名前で、百人一首に選ばれています。
学問の神様として祀られるほどの才能の持ち主だったため、尊敬の意味を込めて菅家や菅公と呼ばれていました。

百人一首24番

こちらが菅原道真の百人一首です。
「このたびは 幣(ぬさ)も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」

百人一首の現代語訳

このたびの旅は急なことで、お供えする幣の用意ができませんでした。
手向山の道祖神よ、せめて、この手向山の紅葉を御心のままにお受け取り下さい。

古語の意味

ここでは、百人一首に使われている古語の意味をご紹介します。
現代では使われ方の違う言葉や、古来の文化を知らないと分かりにくいものもあります。

このたびは

「たび」には、「この旅」と「この度」の2つの意味がある掛詞です。
限りある文字数の中で意味を重ね合わせる技法の1つが使われています。

幣(ぬさ)

幣は、木綿や錦、紙を切って作った神さまへの捧げ物で、道中の安全祈願に使われていました。
後に詠まれている紅葉を幣の代わりに捧げています。

取りあへず

「とりあえず」は現代でも使われている言葉ですが、ここでは「取り揃える暇がなかったので」という意味になります。

手向(たむけ)山

山城国(現在の京都府)から大和国(現在の奈良県)へ向かう時に通る山の峠の名前と、「神に幣を捧げる」という意味の「手向ける」という意味が掛けられています。

紅葉の錦

紅葉の美しさがまるで錦のようであることを表現しています。
錦は幣に使われることがあるので、美しい紅葉を見た菅原道真はこれを咄嗟に幣の代わりにしようとしたのでしょう。

神のまにまに

「まにまに」は現代では聞きなれない不思議な音の言葉ですが、漢字にすると「随(まにま)に」となります。
「するままに任せる」というような意味となり、神さまの思うままに、という訳になります。

百人一首が詠まれた背景

この百人一首は菅原道真が54歳、右大臣に就任する前年の898年に詠まれた歌だと考えられています。
宇多上皇が京都から奈良に御幸された時に、菅原道真がお供し、奈良県吉野の宮滝から竜田川を超え、河内に入って住吉神宮に参拝して京都へ戻ってくるという大変長い旅をしたのです。

旅の途中に詠んだ和歌

御幸は10月23日、ちょうど紅葉が美しい季節です。道中の紅葉狩りで、菅原道真はこの和歌を詠んだのでしょう。
道端で出会った道祖神(現在のお地蔵様のようなもの)に手向ける幣がなかったため、咄嗟に紅葉を差し出したというところに風情が感じられます。
現在では電車やバスで簡単に行けてしまう場所も、昔は大変な苦労をして旅をしていました。旅の安全を願う、菅原道真の神を敬う気持ちがこの百人一首から感じられます。

旅の行先「吉野」とは

現在でも桜・紅葉の名所として知られている吉野ですが、昔の人にとっての吉野は自然に囲まれた秘境のような場所でした。
菅原道真の百人一首だけではなく、多くの歌人・文人がこの地を訪れて和歌を残しているほどです。
春は3万本もの桜の木が満開となり、秋にはその葉がすべて紅く染まります。道真の百人一首に思いを馳せて、紅葉の季節は吉野山を訪れてみてはいかがでしょうか。

吉野山の詳細情報

[住所]奈良県吉野町吉野山
[電話]0746-39-9237 吉野町観光案内所
[アクセス]【電車】近鉄「吉野」駅から徒歩3分吉野大峯ケーブル「千本口」駅からロープウェイに乗り「吉野山」駅下車
【車】南阪奈道路葛城ICから大和高田バイパス・国道169号経由で約60分、名阪国道針ICから国道369号・370号・県道28号線・169号線経由で約60分
[紅葉の見頃]10月中旬(サクラモミジ)、11月初旬(カエデモミジ)

まとめ

人々

菅原道真の百人一首についてご紹介しましたが、いかがでしょうか。
学問の神様として称えられるほどの道真の才能が、百人一首の和歌からもお分かりいただけたかと思います。
古語には難しい表現もありますが、一度意味を理解すれば百人一首を詠んだだけで美しい紅葉の様子がすぐに思い浮かぶようになりますよ。

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