明治時代の食事の文化は?庶民や農民はどんな食事をしていた?

明治時代の食事の文化は?庶民や農民はどんな食事をしていた?

明治時代といえば「文明開化」で知られているように、日本が大きく発展した時代であり食事もそれに伴って大きく発展していきました。そんな明治時代にはどのような食事が食べられていたのかをご紹介していきます。

最終更新日: 2020年03月12日

明治時代は食文化も開花!

人々

「文明開化」のフレーズが有名な明治時代ですが、生活が発展していく中で食事はどのようなものだったのでしょうか。
明治時代から始まった今なお人気の食事も多数あるようですよ。
今回は、明治時代の食事を学んで現代と比べてみましょう。

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終活ねっと運営スタッフ

今回「終活ねっと」では明治時代の食文化に関して以下のような事柄を中心に説明していきます。

  • 明治の食!牛鍋!
  • 明治時代の食事スタイル
  • 食文化の発展について

時間がないという方やお急ぎの方も、知りたい情報をピックアップしてお読みいただけます。
ぜひ最後までお読みください。

外来語がそのまま定着していることも多い花の名前ですが、日本語の「和名」を知ることで、より深くその花を知ることができるのではないでしょうか?身近な花の、美しい「和名」について気になるという方はこちらの記事も併せてご覧ください。

明治時代の高級料理!牛鍋

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西洋文化が積極的に取り入れられるよにになり、西洋の食事が少しずつ日本に入ってくるようになった中で明治時代を象徴する食事の一つに牛鍋があります。

牛鍋の発端となったのは、明治天皇が滋養強壮のためにお肉を食べたことが、世間一般に大きな影響を与えたと言われているそうです。
牛肉が広く食べ始められたのも明治時代からで、文明開化のシンボルともされていたようです。
つまり世間には「文明人は牛肉を食べるべきだ」というような考えが広まっていたようです。

現代のすき焼きの元となる牛鍋でしたが、当時の牛肉は薄切りではなくぶつ切りでとても分厚い牛肉料理だったそうです。
文明開化の象徴とはいっても、高級な食事だったので一部の人々しか当時は食べられなかったそうです。

牛鍋のレシピは?

困った人々

現代のすき焼きに限りなく近いのが牛鍋です。
なので、明治時代の食事といえど実際に現代で再現するのもそう難しくはありません。

すき焼きの元である明治時代の牛鍋の牛肉はぶつ切りだったのには理由があったようで、「単純に牛肉を薄く切るのが面倒だった」ことからこうなっていると言われています。
ちなみに、お客さんは厚切りのお肉に喜びを見せていたそうですが。

つまり、現代のすき焼きと違うところはお肉の厚さということなので、明治時代の食事を再現したいのであればすき焼きのお肉ぶつ切りバージョンを作ってみましょう。

注意点としては、現代のすき焼きには様々な具材が使われていますが、明治時代の牛鍋はネギとお肉のみだったようなので、忠実に再現したいのであればこの通りに作ってみるのも良いかもしれませんね。

明治時代の庶民食事の味方?あんぱん

人々

現代でもなお人気を誇るあんぱんですが、実は発祥は明治時代と言われています。

なぜあんぱんが明治時代発祥の食事とされているのかというと、明治天皇への献上品としてあんぱんが献上されたことが大きな影響であったようです。

今なお銀座木村屋のあんぱんはとても有名ですが、明治天皇に当時献上をしたのはこの木村屋の初代当主だったそうです。

この献上品としてのあんぱんが明治天皇にとても好評だったそうで、ここから世間へも広がっていったそうですよ。

ちなみに、明治天皇にあんぱんが献上されたのは4月4日ですが、この日は「あんぱんの日」に制定されているのが豆知識です。

明治時代の食事スタイルは?

人々

さきほど牛鍋は高級な食事であったことは触れましたが、高級な食事を食べることが難しかった庶民の食事は明治時代ではどのようなものだったのでしょうか。

当時の明治時代の日本の一般的な家庭では生活様式が座式(床にすわる)というスタイルでした。
つまりは椅子に座って食べるという外国の食事文化を、素直に受け入れることは難しかったようです。

ならびに西洋の食事は材料が高いために値段も当然高いということから、明治初期は庶民にはあまり普及しなかったようです。

また、下記の記事では大将時代の庶民の食事について紹介しています。
ぜひ、こちらもあわせてご覧ください。

農民など庶民の食事は?

人々

特に明治時代初期は西洋料理は庶民にとってまだまだ程遠いものであったので、農民などの庶民は比較的質素な食事が多かったようです。

明治時代は、庶民の食事は三食ありましたが朝はご飯と味噌汁にそして漬物のシンプルな感じが多かったようです。
そしてお昼にはご飯と漬物でお茶(湯)漬けを作ったりしていたと言われています。


最後の夜ご飯ですが、ご飯と味噌汁に野菜の煮付けなどが出てきたそうです。
これらが毎日同じ感じで食べられていたのが標準的だったようですね。
つまりレシピを考えるなんてほどのこともほとんどなかったのでしょうね。

ちなみにですが、関東と関西には微妙に違いがあったそうで、お米をいつ炊くのかや味噌汁は飲む・飲まないだったり、納豆がいるか・いらないかなどの差が存在していたと言われています。

何にせよ、とてもシンプルな食事であったことがうかがえますね。

明治時代中期は次第に発展

飯

明治時代初期こそ、庶民はなかなか西洋料理を食す機械がなかったようですが、明治時代中期になると各家庭にちゃぶ台が現れるようになります。

つまりは西洋化が少しずつ庶民にまで広がっていったということですね。
ちゃぶ台は西洋でいうダイニングテーブルが日本の座式に合わせて作り直されたものです。

ちゃぶ台が出てくるまでは各個人え膳があり、家族であっても食卓を一緒に囲むなんてことはなかったそうですよ。

明治時代の食事まとめ

人々

明治時代の食事や食事スタイル、レシピなどをご紹介してきましたがいかがでしたでしょうか。
より現代の食文化が豊かであるという実感が持てるのではないでしょうか。
食事に毎回感謝することも大切ですね。

また、下記の記事では江戸時代の食事について紹介しています。
ぜひ、こちらもあわせてご覧ください。

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