息をのむほど美しい魅力的な名刀、そんな日本刀の一覧作りました

息をのむほど美しい魅力的な名刀、そんな日本刀の一覧作りました

芸術品としての価値がある日本刀、実際に名刀と言われる刀はとても綺麗でいつまでも見ていたいですね。数々の武勇の伝わっている名刀も一緒に、本来戦うための道具ではありますが、綺麗な日本刀たちの伝説も含めて一覧にしました。

最終更新日: 2020年02月28日

日本刀の名刀と言われる刀たち

大名所有の大刀など、鞘の設えも荘厳で美しく静かで何とも言えない魅力があります。
そんな素敵な日本刀の名刀を、集めてそれぞれ一覧にしてまとめてみました。

上杉家御手選三十五腰名刀一覧

上杉謙信は愛刀家として知られていたようです。
三十五腰の作者は上杉景勝です。
彼もかなりの目利きだったと言いますから名刀ばかりです。
日本刀は武士の魂と言いますが、どんなに高くても無理をしても手に入れたい刀が武士には有るようです。
よく斬れるだけではなく、見るものを引きつける魅力がある名刀たち三十五腰中二十八腰が謙信の所有だったそうです。
今回は詳細がはっきりしている刀のみの一覧です。

名刀上杉家三十五腰中二十二腰一覧

戦国武将の中では、刀剣好きは多いようです。
上杉謙信も景勝も目利きであるだけに、名刀が揃っています。

山鳥毛一文字

二尺三寸を超える無名の名刀、刃身は79cm 反り3.2cm 元幅3.5cm 
岡山博物館に寄贈され所蔵 国宝 
細やかな模様が鳥の産毛のようである様子に由来するという説もありますが、諸説あるようです。

姫鶴一文字

謙信が好んでいた刀として知られています。
刃身71.5cm 反り2cm 
米沢市上杉博物館所蔵の刀です。
昭和24年国宝指定、同25年重要文化財指定される。

竹俣兼光

備前長船兼光の作川中島の戦の折、武田の兵を火縄銃ごと斬り殺した大業物などいった伝説が複数残っており、複数の異名があります。
大阪城落城以降見つかっていないまま現在に至っています。

典厩割国宗

三尺三寸の大刀を、佐竹義直の時代に磨上短く黄金造りにしたと記録されています。

第四次川中島の戦において、武田信玄の実弟武田左馬助信繁を斬った刀として知られています。
信繁は典厩殿と呼ばれていてことから、この刀の呼び名が付いたと言う事です。
謙信から佐竹義重に贈られ、佐竹家が家宝としていた名刀です。
現在京都井伊美術館所蔵

高木長光

刃身77.6cm 重要文化財 銘は「長光」
景勝より秘蔵を厳命されていたのですが、現在は行方不明となっています。

高瀬長光

刃身73.6cm 
日光長光と同じなのではないかという説があります。

徳用守家

備前守家の作 刃身73.3cm  銘 守家 号とくよう  
徳川家康から贈られた名刀、「徳用」の名は健全無比から来ています。
 

小反り兼光

刃身73.9cm  備前長船兼光がつくり、謙信が磨上げさせた刀

水神切兼光

銘 兼光 号 水神切兼光 重要美術品 株式会社 ブレストシーブ所蔵
上杉家が、国宝指定を嫌った為重要美術品とされたと伝わっています。

谷切り

謙信三腰の一つ、とされている刀です。

弘口の太刀

銘 弘口 刃身82.7cm 反り3.6cm 東京国立博物館所蔵 重要文化財
「塩止め太刀」と言われ謙信が塩を送った時に信玄の父武田信虎より贈進された名刀。

重美菊一文字

銘 一 景勝所有 東京国立博物館所蔵 重要美術品

謙信助宗

銘 助宗 号 謙信助宗 刃身77.2cm 反り2.8cm  松岬神社所蔵 上杉博物館預かり

重美舞銘一文字

無名一文字 景勝所有 個人所有 重要美術品

夢切国宗

謙信は晩年、〝我が武勇を継いでくれるのは貴殿以外にはいない〟と佐竹義重に贈っています。
ある夜佐竹義重が夢で、大蛇に飲まれそうになったので枕元にあった国宗で追い払った。
目が覚め起きると国宗が、抜身のまま立て掛けてあった事から呼び名に夢切が付いた。

戒杖刀

杖に仕込んだ刀、銘 国宗 上杉神社保管 謙信所有 重要美術品

麻呂の太刀

関東管領 上杉家伝来の刀(相伝) 伝天国作

大垣正宗

無名 正宗 刃身63.9cm  個人蔵

詮索郷

上杉家最後の藩主上杉重憲が差料にしていた、徳川幕府から検索してきた事からこの名が付いたと言われています。
変わった名前と、思っていましたけれど意味があったのですね。

雲生

作 雲生 謙信所有 重要美術品 現在個人蔵

般若の太刀

銘 守次 刃身87.6cm 個人蔵 重要文化財 鎌倉末期 青江守次の作
表裏に棒樋その中に、表三鈷柄の剣 裏は素剣浮き彫り表裏共に梵字一字有。

行平

謙信佩刀 総長122cmの大太刀 刃身76.6cm 反り3.6cm 作 豊前国行平 銘 行平   
   佐野美術館蔵

謙信の短刀

短刀も数腰まとめられております、一覧には二腰ご紹介したいと思います。

謙信景光

銘は表は、「備州長船景光」裏に「元享三年(1323)三月日」と記されています。
刃身28.3cmわずかな反り、刀身に「秩父大菩薩」と彫られ裏に「大威徳明王の梵字」が彫られています。
  埼玉県立歴史民俗の博物館所蔵 国宝

謙信が常に、帯刀していたと言われ好んだ短刀だったようです。

五虎退吉光

刃身24.8cm 上杉家所蔵 重要美術品、米沢市上杉博物館にて展示される事も有るので拝見出来ることも有ります。

逸話として残っているお話では、13代将軍足利義輝が使者を明に派遣した際に荒野で五頭の虎に襲われこの短刀で追い払った事からこの名が付けられたと伝わっています。
永禄二年(1559)上洛した時に、正親町天皇より拝領した短刀です。

名刀 天下五剣 一覧

天下五剣と言う日本刀が有る事をご存知ですか?
昔は刀の事を剣と表現していました、剣の時代は古代日本や平安時代とかでしょうか。
鎌倉時代の刀は太く、合戦用に作られたからだと言われます。

童子斬(国宝)

銘:安綱 作:安綱 太刀 刃身:80.3cm 反り:3.03cm 所有:東京博物館 
制作年:平安後期 存在する日本刀の中でも、最高傑作の一つ〝東の横綱〟と評されています

鬼丸(御物)

銘:國綱 作:國綱 太長 刃長78.2cm 反り:3.2cm 所有:宮内庁

三日月(国宝)

銘:三条 作:宗近 太刀 刃身:80cm 反り:2.7cm 所有:東京博物館

大典太(国宝)

銘:光世 作:光世 太刀 刃長:65.7cm 所有:前田育徳会

数珠丸(重要文化財)

銘:恒次 作:恒次 太刀 刃身:81.1cm 所有:本興寺

日本刀国宝の名刀一覧

国宝の刀は文字通り国の宝です。
ここに選んだ刀はごく一部ですが、全て素晴らしい刀ばかりです。

大包平

銘:備前国包平作 作:包平 太刀 刃長:89.2cm 反り:3.5cm 元幅:3.7cm 
所有:東京博物館 制作年:平安後期 存在する日本刀の最高傑作〝西の横綱〟と評されています

へし切り長谷部

織田信長が、台所の膳だなの下に逃げ込んだ茶坊主ごと圧し切り(刀身を押し当てて切る)にして斬った事からへし切りのなまえが付いた。
元々は南北朝時代の制作、で大太刀だったようですが後の時代に磨り上げ(切り詰め)られて刃長64.8cmに短くなってしまったようです。
信長から羽柴秀吉へそして黒田長政へ下賜され、黒田家から福岡市へ寄贈され福岡博物館所蔵されています。

七星剣

四天王寺所蔵 北斗七星が刻まれている。
不動明王や仁王様の剣も七星剣を持っている像もあるようです。

鶴丸

山城国国永御太刀 刃長78.63cm 太刀 国永作(平安時代刀工)
織田信長や伊達家が、所有していたが十四代当主伊達宗基から明治天皇へ献上され宮内庁所有。

現存していない幻の名刀一覧

名前だけが残っているけれども刀(剣)は残っていないとか、刀(剣)はあるのだけれども絶対見る事が出来ない名刀(剣)をまとめて一覧にしました。

草薙の剣(天叢雲剣)

スサノウノミコトがヤマタノオロチを退治した時、尾から現れた剣と言われています。
天皇家の、三種の神器の御一つです皇居の中の剣靈の間に祀られているこれは形代で古代から伝わる剣は熱田神宮にご神体として祀られています。
壇ノ浦で沈んだ草薙の剣も、形代と言われていますこの剣は沈んだまま見つかってはいません。

熱田神宮の新官数人が観た記録があるそうです、それによるとことごとく病によって亡くなり一人は流罪一人だけ生き残ったと伝わっています。
新羅の僧道行が天智天皇七年(668)熱田神宮より盗み出し新羅に持ち帰ろうとして船が難破し剣のみ日本側に回収される事件があった事も記録に残されています。

どの様な剣なのか、拝見したい気持ちはありますが祟りは怖いです見る事は出来ない幻の剣です。

菊一文字則宗

城一つと交換出来る程の名刀で、三振りのみ存在するとも言われている細身の刀です。
沖田総司が、京都の鴻池から頂いて所有していたと聞いたことが有りますが真意の程は不明です。
存在はしていますけれど、拝見する事は叶わないことから幻の名刀一覧に入れました。

岩とおし  武蔵坊弁慶 佩刀

住吉合戦に携えていしていた事は分っている名刀です、それ以外に情報も伝わってはいませ

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