日光東照宮の歴史遺産は、私たちに何を語りかけているのか?

日光東照宮は家康を祀ったところ。歴史的に、その前はどうだったのだろうか。日光東照宮の歴史遺産が教えてくれるものは何なのか?陰陽道にもとづく東照宮の位置や建物の配置など、不思議な物語をひも解きます。

目次

  1. 日光東照宮といえば家康?
  2. 歴史は空海や源頼朝にも遡る
  3. 日光東照宮に秘められた陰陽道
  4. 日光東照宮の歴史遺産を訪ねる
  5. 日光東照宮と歴史 まとめ
  6. 終活の専門家に相談してみよう

日光東照宮といえば家康?

徳川家康

日光東照宮は徳川家康を祀る社殿で、歴史的にも由緒ある神社です。1617年に家康の跡取り、二代将軍秀忠によって創建されやものですが、造営された当時の東照宮は、簡素な造りで今の姿とはまったく別物のものだったそうです。
家康は最初、駿河の久能山に埋葬されるのですが、遺言で自ら日光に神として祀られることを望んでいたと言われています。
秀忠の死後、1636年に三代将軍家光が巨額の費用を投じて、ありとあらゆる装飾が極致ともいうべき技法を凝らした、絢爛豪華な今の姿に改築したものです。
徳川家の幕府運営を権威づけ、強大な政治権力の象徴として造営されたものでしょう。
貴重な歴史遺産ですね。

歴史は空海や源頼朝にも遡る

源頼朝

日光東照宮の歴史を徳川の時代からさらにひも解くと、奈良時代にまでさかのぼります。
766年、勝道上人という僧侶が、日光の地に四本龍寺、のちの輪王寺という寺を開きました。歴史的には、これが日光の開祖とされています。勝道上人は、男体山を二荒(ふたら)山と呼び替え、この二荒を「ニコウ」と音読みして、これが日光の語源になったと言われています。

平安時代になると、848年、天台宗の慈覚大師、円仁が日光来山し、三仏堂などを創建したと言われています。また、この頃真言宗の弘法大師、空海も来山し、滝尾権現と寂光権現を祀られたと伝えられています。「二荒」を「日光」に改めたのは、この時の空海だという説もあります。
歴史上でも有名なこの円仁や空海の来山によって、日光山への信仰が盛んになり、山中には多くの寺院が建立されるようになったとのことです。

鎌倉時代では、将軍家の日光山への信仰があつく、源頼朝は三昧田として領地を寄進し、実朝は三重塔などを寄進したといいます。このころ日光山は関東の比叡山といわれ、仏教文化がもっとも花開いたときと伝えられています。
東照宮の祭神の神輿(みこし)を収めてある神輿舎には、中央に徳川家康、右に豊臣秀吉、左に源頼朝の3基の神輿が納められています。なぜ、歴史を代表する武将、頼朝、秀吉がいるのか、それは共に武将として家康が尊敬していたからと言われています。

日光東照宮に秘められた陰陽道

陰陽道

東照宮がなぜ徳川家によって日光に建立されたのか?
特に歴史的な経緯からは解らないのですが、そこには、陰陽道の強い影響があると言われています。

陽明門の真南には江戸が

日光東照宮は北斗七星の配置にデザインされているといいます。
日光東照宮の主要な建物を線で結ぶと、北斗七星の配置と寸分違わぬよう設計されていて、鳥居、陽明門、唐門、本殿を結ぶ延長線上に北極星がくるように建物が造られています。
さらにその線を真南に行くと、そこには江戸があるのです。

古代中国では、北極星は宇宙全体の神、天帝であって、神のいる場所とされていました。
日光東照宮を拝することは、天帝、北極星を拝することと同じことであると意味づけられているようです。日光東照宮の「東照」は「東の天照大神」、家康を東国の天照として神格化し、その神格が宇宙を主宰する神と一体化して、北から江戸を見守っているという構図になっています。
壮大な構想ですね。

家康由緒の地などの位置関係は

家康ゆかりの地などの位置関係をみてみましょう。
■日光東照宮-富士山-駿河久能山東照宮が、直線の位置関係で結ばれています。
「富士」に、「不死」の念を込めて、家康が「久能山から不死の魂(不死の道)を持って日光に至る」ようにと考えたようです。
■日光東照宮は、江戸城から見てほぼ真北の方向にあたり、江戸城を護るために造られたといいます。
夜、日光東照宮の陽明門前に立って、夜空を見ると陽明門の上に北極星があります。
古代人は北極星を神格化して、妙見神としていました。妙見神は国土を擁護し災害を滅除し、人の福寿を増す力を持つといいます。
■生誕した愛知県鳳来寺山の東照宮と久能山東照宮が横一直線(太陽の道)で結ばれています。
久能山東照宮-鳳来寺東照宮を延長すると、岡崎東照宮・岡崎城-京都の線になります。
■諏訪大社-日光東照宮-江戸城の三地点を結ぶと、ほぼ二等辺三角形になります。
いろいろな意味があるのでしょうね。

日光東照宮の歴史遺産を訪ねる

日光東照宮眠り猫

日光東照宮には、建造物や美術工芸品に国宝や重要文化財に指定されている歴史的にも有名なものがたくさんあります。特に有名な眠り猫や三猿に関する逸話などを探ってみましょう。

眠り猫の秘密とは

「眠り猫」は、家康の墓がある奥社への参道の坂下門の手前、東回廊入口部分の軒下の正面にあります。初めて見る人のほとんどの人がその小ささに驚きます。説明の看板がなければ通り過ぎてしまうほどの小さな彫刻です。
説明の看板には「左甚五郎の作、牡丹の花咲く下に日の光を浴びて子猫がうたた寝をしているところで日光を現す絶妙の奥儀を極めている・・」とあります。
なぜ猫なのか?

この猫については数々の逸話があって、最初は目を開いていたとか、禅の悟りの境地を意味するとか、奥社の入口だから「不浄なものは鼠一匹通さない」というような説もあります。
「眠り猫」を見て満足してはいけません。見逃してはいけないのは、裏側です。表は眠り猫ですが、裏側は「遊ぶ雀」なのです。
雀を襲う猫は、歴史的にも戦国乱世の象徴とも言われています。
その反対の眠り猫と遊ぶ雀は、「乱世の終わり、弱者が安心して暮らせる時代の象徴」とも言われています。
猫が寝ているから、雀が楽しく暮らしていける。江戸時代の平和の到来を意味しているという説なのです。「猫も寝るほどの平和」の表れと言われるのは、長く徳川幕府の世が続いたからでしょうか。

三猿に至った逸話とは

日光東照宮猿

「神厩舎」という、神様に仕える馬が休む馬小屋の屋根の下に「三猿」が彫られています。
「見猿 聞か猿 言わ猿」の三猿がそれぞれ耳、口、目を塞いでいます。
この猿は幼年期の猿で、幼いうちは純真で周りの影響を受けやすいので、世の中の悪いことは見聞きせずに、悪い言葉を使わせずにしなさい、この時期に良い物を身につけておけば、悪いものに触れても正しい判断、行動が出来るという教育論の意味が込められています。

実は三猿は日本発祥の文化ではなくて、歴史的には8世紀頃に中国から伝わったものとされています。
漢の「論語」のなかに、「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」という一節があります。
これは、「礼に背くものは見ない、聞かない、言わない、しない」といったことを意味したものですが、こうした「不見、不聞、不言」の教えが天台宗の僧から伝わって、今のような日本の形になったと言われています。

実は、本当は三猿ではなく、四匹目の猿が居て、「四猿」だったという話があります。
中国では、さきほどの「論語」にもあったように、四つの「非礼」があって「四猿」で一つの意味合いをなすセットになっています。
この四匹目の猿を「せざる」と呼んで、その意味は「せざる=しない(=浮気をしない)」ということだそうで、股間を両手で覆っている猿だそうです。
日光東照宮には、なぜ「四猿」がいないのでしょうか?
日光東照宮は、故人となった徳川家康をお祀りするために、建てられたものです。
見る者が失笑するような姿の四猿の像は、「あまりにも品位にかけ、家康公が静かに眠る聖なる地に、ふさわしくなく、無礼である」ということが原因であったようですね。
賢明な判断であったと思います。

日光東照宮と歴史 まとめ

日光東照宮

日光東照宮の歴史をみてきましたが、徳川家康以前の歴史のなかからも空海や円心、源頼朝などの有名な人たちが登場します。
家康が考えたのか、陰陽道にもとづく東照宮の位置や各建物の配置など、本当のことなのかと感嘆するようなことです。
日光東照宮のなかには国宝や重要文化財がたくさんあります。
眠り猫や三猿に秘められたことや逸話を知ってから観覧すれば見方も少し変わりますね。
「日光を見ずして結構というなかれ」という言葉があります。一生に一度は歴史遺産の宝庫、日光東照宮を是非訪れてみたいものですね。

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