上杉謙信の性格について ~軍神の素顔とは~

軍神として恐れられた上杉謙信ですが、その謙信の性格に迫りたいと思います。どこか人間離れした人物ではありますが、いろんな視点からみると、意外な一面や性格がわかり、上杉謙信という人物がもっと身近な存在になると思います。

目次

  1. 上杉謙信について
  2. 「軍神」としての性格
  3. 「義」を掲げた性格
  4. 個性的な性格
  5. 辞世の句からみる上杉謙信
  6. 上杉謙信の性格からみえるもの

上杉謙信について

困った人々

まず上杉謙信の性格を知る前に、上杉謙信という人物がどんな武将だったのかを簡単に紹介したいと思います。

1530年、上杉謙信は越後の長尾家で生まれ、兄に代わり、19歳で長尾家の家督を継ぎます。
長尾景虎という名で呼ばれていました。
その後、上杉憲政から山内上杉家の家督をゆずられ、関東管領も引き継ぎます。
そして、上杉政虎と改名しました。
最終的には上杉輝虎の名前に落ち着きます。
それから後に戒名して、私たちの馴染み深い「上杉謙信」という名になります。

1578年、戦の準備中に倒れ急死しています。
死因は、脳溢血または脳卒中だと言われています。

「軍神」としての性格

上杉謙信は「軍神」としての異名をもっています。
そして、甲斐の武田信玄や相模の北条氏康と、幾度にもわたって戦いを繰り広げていました。

そんな謙信は、戦における戦術は天才的だと言われています。
武田信玄が軍略の天才なら、謙信は戦術の天才でした。
敵陣に謙信自ら突っこんでいったりと、誰も思いつかないような突拍子もない行動をとることがありました。
そんな豪胆で豪快な性格でした。

脅威の勝率

戦国最強と言えば謙信の名が挙がることがありますが、この理由は謙信の勝率によるものです。
謙信は生涯でおよそ70回ほどの戦に出陣しており、負けたのは2回(※諸説あり)だけと言われています。

1度目は、1566年臼井城の合戦で、北条氏との戦いでした。
この戦では謙信は完敗しています。
2度目は、1561年生野山の合戦で、こちらも北条氏との戦いです。
第四次川中島の合戦後すぐに起こった戦です。
(※こちらの戦は謙信が指揮をとっていたかどうかが不明なため、敗北数に数えるという点においては色々な意見があります)

そんな謙信の勝率は95%です。
あの武田信玄や北条氏、そしてあの織田信長などといった猛将たちとの対決においてこの勝率を誇るのは、まさしく「軍神」だと言えます。

毘沙門天の化身

毘沙門天とは、武神を司る神です。
謙信は、自身を毘沙門天の化身とし、家臣たちにも謙信を毘沙門天の化身としてみるようにと言っていました。

謙信は、とても深く毘沙門天を信仰しており、旗印にも「毘」の文字を用いるほどでした。
謙信は幼いころお寺で過ごしており、仏門への道を歩んでいました。
しかし、一国の主となり全然違う世界で生きていくこととなった謙信は、この毘沙門天をよりどころとしていたのかもしれません。

布殺などの教えを説く仏門に身を置く謙信としては、戦という人の命を奪う行為には、大義名分が必要だったのです。
それを担っていたのがこの毘沙門天だったとされています。
決して私欲のための戦ではないという意図を示したかったのかもしれません。

「義」を掲げた性格

謙信は幼いころをお寺で過ごしました。
母である虎御前も信心深い性格であり、その影響を受けていたのかもしてません。
戦国武将のなかでは珍しく、武将よりも僧としての一面が色濃くでています。
それも謙信独特の性格の一部です。

領土拡大という野心がなく、謙信の戦はほとんどが頼まれ戦でした。
救援要請があればそれに応じていました。
あの有名な川中島の合戦も、村上義清からの救援に応えたことで始まりました。
そして12年間もの間、武田信玄と争いました。

敵に塩を送る

ことわざにもなっている有名な言葉です。
これは謙信が宿敵である信玄に塩を送ったというエピソードが由来となっています。

今川氏からの塩止めをされ信玄は窮地に陥ります。
そこへ助け舟を出したのが、ライバル関係にある謙信でした。
謙信は、今川氏の塩止めという行いをみて、卑怯すぎると怒ったそうです。

ライバルを助けたというこのエピソードで、このことわざが誕生しました。
謙信は卑怯な手段を使って相手を貶める行為というのを嫌悪してたのでした。

思いやり

謙信は、自分に厳しく、家臣にも厳しかったとされています。
そんな謙信ですが、家臣への優しさあふれる逸話があります。

謙信の元に、無鉄砲な若き家臣がいました。
その家臣のあまりの無鉄砲ぶりに、謙信は戦に行かせなくなりました。
そんな家臣の両親は、息子が戦に参加できなくなったことを恥じました。
そんな落ち込む両親へ向け、謙信は何も心配することはないといった内容の手紙を書いたのです。

一国の主である謙信が、一家臣の両親へ直筆の手紙を書くということは考えにくいことではありますが、なんとも思いやりあふれたエピソードです。

個性的な性格

上杉謙信という武将の性格を一言で表すなら「個性的」という言葉がピッタリな気がします。
上記でも紹介したとおり、謙信には領土的野心がありませんでした。
これは、戦国武将としては極めて珍しいです。
そして、誰もが競って領土拡大を目指していた戦国という時代においても、上杉謙信という武将が珍しい人物であったことは間違いありません。

生涯独身宣言

上杉謙信と言えば、生涯独身を貫いたことでも有名です。
これも「個性的」と言われる由縁です。
毘沙門天に誓いを立てていたことが理由ですが、侍女すらもそばにおかなかったと言われています。
徹底して誓いを守る姿は、自分の理想や信じるものに対して、非常に献身的で誠実的な性格であった証しだと言えます。
コレと思ったことに対して周りが見えなくなるほどに突き進む性格だったとも言えますが、ブレることなく自分の信念を貫き通した性格であったとも言えます。

スカウト!?

上杉四天王のひとりである、甘粕景持という武将がいます。
この人物は、甲斐と信濃の国境付近の山奥に住んでいるところを謙信にスカウトされて家臣になったという逸話があります。
普通なら考えられない話ですが、上杉謙信という人物なら考えられない話でもないのです。
誰も考えつかないような突拍子もない行動をとる謙信ですから、自国から離れた山奥に現れても不思議はないという、それほどまでに個性的な人物でした。

辞世の句からみる上杉謙信

【四十九年一睡夢 一期栄華一杯酒】
訳:四十九年の我が生涯は、一睡の夢に過ぎなかった。
この世の栄華は一杯の酒に等しい。

こちらが上杉謙信が遺した辞世の句として、非常に有名なものです。
これは、謙信が死ぬ一か月前に残されたと言われています。


【極楽も 地獄も先は有明の 月の心に懸かる雲なし】
訳:私が死んだあと、極楽に行くのか地獄に行くのかはわからない。
しかし私の心は、雲の懸かっていない月のように晴れやかだ。

こちらも謙信が遺した句として、非常に有名なものです。
謙信が晩年に残した句であるとされており、上記で紹介した漢詩と並べて辞世の句として紹介されることが多いです。

本来辞世の句とは、死を迎えるにあたって詠まれた句です。
しかし謙信は突然亡くなったので、辞世の句というのがありません。
そこで、晩年作ったこの二つの句が辞世の句として伝えられるようになったとの説があります。
通説では、謙信は辞世の句として「四十九年~」の漢詩を作ったとされています。

戦には天才的な強さをもつ上杉謙信ですが、和歌を詠むことが非常に上手く、琵琶を弾く趣味をもったり、源氏物語を好んでいたりと、文化人的な一面ももっていました。
ただ強いだけでなく、こうした繊細な性格も持ち合わせていました。
戦のこともそうですが、こうした和歌を詠むといったことに対しても才能があったのかもしれません。

上杉謙信の性格からみえるもの

「軍神」や「越後の龍」や「毘沙門天の化身」などの異名を聞くと、上杉謙信という人物はなんだか人間味がないようなイメージをもってしまいます。
しかし、知れば知るほどそんなイメージとは逆にとても人間的な人物だったのではないかと想像できます。
仏門に身を置く者としての想いと、武将として一国を守る者としての想い、その二つの想いを抱えていることで、謙信は生涯苦しんでいたのかもしれません。

そんな上杉謙信の性格を簡単にまとめると、天才的センスの持ち主、芸術肌、独特の価値観、信念を貫きとおす、理想には誠実かつ献身的、といったかんじでしょうか。

そんななかでも、理想に誠実に向き合っていたことや、どんなことがあっても自分の信念は揺るがないといった謙信の性格は、現代に生きる私たちにとっても、大切なものなのかもしれません。

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