古代の日本人はどんなものを食べていた?縄文時代の食事風景は?

2013年、日本の伝統的な食文化である和食がユネスコ無形文化遺産に登録されました。「和食」は一般的に江戸時代よりも前からある日本料理を指しますが、さてそれよりも遥か昔、縄文時代の食事風景はどのようなものだったのでしょうか。縄文時代の食事事情を覗いてみましょう。

目次

  1. 日本の歴史の中でも長い縄文時代
  2. 縄文時代とそれ以前の生活の違いは?
  3. 縄文時代の人々はどんな食事をしていた?
  4. 縄文の食事を再現!
  5. 縄文時代の食事まとめ

日本の歴史の中でも長い縄文時代

三内丸山遺跡

縄文時代は約1万5000年ほど前から始まったとされています。
また、弥生時代へと移り変わったのが紀元前500年から300年頃と考えられています。
次の弥生時代が800年ほど、江戸時代でも約260年と考えると、縄文時代は1万年以上ととても長かったことがわかりますね。

縄文時代とそれ以前の生活の違いは?

縄文時代以前は狩りが主体

旧石器時代と呼ばれているそれまでの生活は、一定の生活圏はあったものの定住はせず、獲物を追って移動する生活をしていたようです。

食事は木の実などの採集もしていたようですが、大型動物の狩猟や魚や貝類などの漁労(ぎょろう)による動物性のものがメインだったと考えられています。
旧石器時代の終末になると半定住の痕跡が見え始め、また土器が作られるようになりました。

移住生活から定住生活へ

縄文時代では竪穴住居が建てられ、より定住的な集落が営まれるようになりました。

主に縄文時代前期から中期に営まれた大集落跡である三内丸山遺跡からは、竪穴住居跡以外にも掘立柱建物跡と推測できる柱穴が見つかりました。
生活していた痕跡が見つからないことから高床式建物と考えられており、食料を保存していた倉庫だった可能性もあります。

縄文時代の人々はどんな食事をしていた?

生活スタイルの変化に伴って、食糧の獲得法や食事内容も変化しました。
狩猟や採集は変わらず続けていましたが、ほかにも多くの方法が可能になりました。

縄文時代にも四季はありました。
季節によって食材はいろいろ、食事内容も違ったことでしょう。

具体的にどんな方法で、どんなものを獲得していたのでしょう。

地球規模の気候変化で獲得できる食糧が変化

代表的な貝塚である大森貝塚は縄文時代後期~晩期の遺跡です。
東京都品川区~大田区にまたがっており、現在は大森貝塚遺跡庭園として整備されています。

旧石器時代の終わりから縄文時代の草創期や前期と呼ばれる約6000年前頃には、地球の氷河期が終わり温暖な気候へと変化した時期でもあります。
日本列島でも海面が上昇し、海岸線も今よりかなり内陸まで入り込んでいました。
良い漁場も増えたと考えられています。
多くの遺跡で見つかる海産物を分析すると、貝類だけでも350種類以上、魚類は70種類以上あったそうです。
貝塚など、海での収穫を物語る遺跡もありますね。

一方で、ヘラジカやナウマンゾウといった大型動物は滅んでいきました。

植生も変わった

長く続いた寒冷な気候から、緩やかに温暖な気候へと変化していきました。
縄文時代前期の中頃には今よりもさらに平均気温が高く暖かかったようです。
落葉樹林や照葉樹林が広がって行き、食料となる堅果をつける木々が増えました。

道具が発達

土器を作るようになり煮炊きが可能になったため、食べられるものが劇的に増えました。
それまで食べられなかった堅い木の実も、アク抜きや煮炊きで各段に食べやすくなり、栄養も豊富にとれるようになったと考えられています。
ドングリやトチなどの植物性の食料は55種類以上が遺跡から見つかっていますが、植物自体が土の中では残りにくいので、実際はもっと様々な木の実や山菜を食べていたとみられています。

加熱調理することで食糧を日持ちさせることができ、また食中毒のような危険も減ったかもしれません。
柔らかく栄養のある食べやすい食事で、寿命も伸びたことでしょう。

ただ、見つかった縄文人の歯のうち、虫歯の確率は9%以上だったそう。
植物を主食にする食料採集民に多いそうですが、世界的にも高い虫歯率のようです。
堅果をメインにいかに多種多様に食べていたか、ここからも想像できますね。

栽培もしていた

三内丸山遺跡ではDNA鑑定によって「栽培された」と判明した栗が出土しました。
集落と背後に広がる森林との間にクリなどの堅果類を人工的に植えていたと考えられています。
ほかにも、1年草のエゴマやマメ類などが見つかっており、簡単な栽培をしていた可能性があります。

縄文時代の食事は豊かだった!

魚や貝類を捕まえ、動物を狩り、木の実や山菜を集め、時に育ててもいた縄文人。
加えて、調理法や加工法、保存法も開発し、生食だけではなく様々な料理へと変化させ食べられるものを増やしていきました。

縄文時代の食事は旧石器時代以来の食事に比べ、かなり豊かだったと想像できますね。
現代から見ても、食事内容はかなり豊富な印象ではないでしょうか。

弥生時代以降の食事は?

縄文時代の後期になると再び気候は寒冷化、海水面が後退し貝塚は築かれなくなりました。
後期や晩期には焼畑稲作をしていたと考えられる地域もあります。
さらに弥生時代になると、日本では本格的な稲作が始まり、食事には米が加わります。

縄文の食事を再現!

実際に縄文時代を想像して、昔の食事を作ってみても楽しいかもしれません。
材料は現代でも簡単に入手できるものが多いです。

レシピも参考に

主に東日本の遺跡で、炭化した状態で見つかることがある「塊」があります。
分析によって、現代で言ういわゆる「クッキー」や「パン」のようなもののようだとわかりました。
内容物がはっきりと解明されてはいませんが、ドングリやクリ、クルミといった堅い木の実をアク抜きして砕き、成形して加熱調理したものと考えられています。

小学生などを対象にした体験学習で作られることもあり、「縄文クッキー」等の呼び名で親しまれています。

現代人が食べやすいようにアレンジしたレシピも考案されています。

cookpad掲載のレシピ

こちらはドングリの一種、マテバシイを使ったレシピです。
縄文人の食事を味わってみたくなったら、こちらを作ってみてはいかがでしょうか。

どんぐり粉は市販のものを使ってもよいかもしれません。

縄文時代の食事まとめ

縄文時代の食事風景には豊かな面もあったということをご紹介しました。
大昔と侮るなかれ、貧しいイメージがあった方は、見方が変わったのではないでしょうか。
想像してみると、遠いことながらどことなく現代につながっているように感じられるかもしれませんね。

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