古事記の作者は結局、誰?稗田阿礼と太安万侶の役割は?

日本の神話を体系的に描いた書物として古事記が知られていますが、古事記の作者は誰で、どんな目的で書いたのでしょうか?意外と知らない古事記の作者や、古事記成立の背後にあったストーリーを紹介します。

目次

  1. 古事記について
  2. 古事記の作者は誰?
  3. 古事記の作者?の稗田阿礼と太安万侶
  4. 日本書紀の作者は?
  5. 古事記の作者のまとめ

古事記について

日本の神話は、古事記が正統なものとされています。
そして、古事記の作者は?というと、学生時代に「天武天皇が稗田阿礼に暗唱させて太安万侶が筆記した」と習いませんでしたか?これって、色々と意味が分かりませんよね。
なぜ、稗田阿礼が自分で書かなかったのか、暗唱する元のストーリーを教えたのは誰なのか、気になるところがたくさんあります。本当の意味での作者も、いったい誰なのでしょう。

山

しかも、古事記の数年後に成立する日本書紀は歴史書のはずですが、こちらも神話要素が強く、古事記と年代が重なっている上、物語に矛盾があります。「ボロが出るくらいだったら、1つだけにしておけばよかったのに」と思ってしまいますよね。
今回は、古事記の作者やその意図を紹介したいと思います。

古事記の作者は誰?

結論からいうと、古事記に特定の作者はいません。

作者がいないってどういうこと?

作者がいないというのは、神話や民話ではよくある話です。
例えば、ドイツのグリム童話。グリム兄弟が作者だという人はいないと思います。グリム童話は、言語学者兼法律家だったグリム兄弟が、家々を訪ね歩いて脈々と語り継がれてきた民話を収集し、子ども向けに編集したものです。作者とはいえないですよね。
古事記もそんなイメージで考えればよいのではないでしょうか。作者もわからなくなった古い伝承の物語を、ある意図のもと編集したものが古事記なのです。

古事記の成立の経緯

古事記の成立については、天武天皇の命令であること、稗田阿礼(ひえだのあれ)と太安万侶(おおのやすまろ)の2人の人物が編纂に関わっていること、完成は元明天皇の頃だったことがわかっています。
そして、最初に述べた通り、稗田阿礼がどこからか学んできた神話を、太安万侶が筆記したといわれています。

古事記をまとめる必要性

では、なぜ、他に存在していたらしい神話をわざわざ口述筆記なんてしたのでしょうか。いくつか理由が考えられます。

歴史書の散逸

古事記と日本書紀の編纂を命じた天武天皇は、前の代から続くいくつかの争い事を経て即位した天皇でした。
まず、天武天皇の兄・天智天皇は、即位前に大化の改新を主導しました。そのきっかけとなった乙巳の変では、それまで朝廷の実権を握っていた蘇我氏の屋敷が焼け、そこに保管されていた史料も散逸してしまいました。

正統性の主張

天智天皇の死後、天武天皇は天智天皇の息子で自分の甥にあたる大友皇子を倒して即位します。争いを経て即位した自分の立場の正統性を主張する意図もあったといわれます。
天武天皇と妻・持統天皇の時代は、天皇家に権力を集中させることが課題でした。古事記・日本書紀の編纂の他に、律令制、戸籍制度、本格的な都の整備などの大事業が進んでいたのです。こういった国家事業を周囲に納得させるためのストーリーの1つが、古事記だったというわけです。

古事記の作者?の稗田阿礼と太安万侶

古事記の作者はいないといいましたが、その編集者に相当する稗田阿礼と太安万侶はどんな人で、どう編集に関わったのでしょうか。

稗田阿礼

稗田阿礼は古事記の序文にさらりとだけ記述されている謎の人物です。

役割

その序文には、記憶力に優れた28歳の舎人で、旧辞・帝紀を誦習させられたとあります。
この「誦習」というのが曲者で、暗唱のことだとも、節をつけて唄うことだともいわれています。

実在しないとも

稗田阿礼は古事記の作者の1人としてしか記録にないため、非実在説も強いです。
非実在説にもいくつか種類があって、まずは、完全な架空の人物であるという説、藤原不比等または柿本人麻呂のことだという説などが唱えられています。

女性説も

それから、稗田という姓が珍しいことから、天鈿女(あめのうずめ)に仕える巫女・猿女の1人だったのではないかという説もあります。

太安万侶

もう一人の作者・太安万侶は実在は確かですが、謎もあります。

役割

古事記の序文には、稗田阿礼が誦習したものを筆記し、元明天皇に献上したとあります。
実質的な編集者と考えられていて、元々あるストーリーを朝廷の都合のいいように書き直す役割だったともいわれています。

昔は非実在説も

太安万侶も他に記録がないため、実在が疑われていた時期がありました。しかし、墓が見つかったため、実在はほぼ確実です。
とはいえ、墓誌には古事記編纂の功績が書かれておらず、太安万侶という名前の人物が当時の役人にいたことの証明にはなっても、古事記に関わっていた証明にはならないのです。謎はまだ解決していません。

日本書紀の作者は?

古事記と時を同じくして編纂を命じられ、数年のタイムラグで完成した日本書紀。よく、古事記は神話で日本書紀は歴史書といいますが、ともに神代から人代の同じ時期を扱い、大まかなストーリーはほぼ一致しています。元になった伝承が一緒なのでしょう。
ただ、日本書紀の作者というか、編纂者が古事記と異なり、舎人親王を中心とした複数人の集団です。そして、正史として編纂されたため、古事記と矛盾した部分がでてきているのです。

古事記の作者のまとめ

田舎

いかがでしたか?
古事記の作者について紹介しました。古事記と日本書紀は飛鳥時代から奈良時代にかけて編纂された書物です。やはり、これくらい古い時期の歴史は謎が多いですね。

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