徳川家康のお墓はどこ?意外と知らない謎多き東照宮

「東照大権現(とうしょうだいごんげん)」と死後に神として信仰崇拝されるようになった徳川家康の墓は、日光東照宮とされているのは皆さんご存知かと思います。しかし徳川家康の亡骸は、果たして本当にそこにあるのでしょうか。それでは徳川家康の墓について見て行きましょう。

目次

  1. 徳川家康は何故神格化された?
  2. 死の際に遺した徳川家康の墓への願い
  3. 徳川家康の墓と東照宮
  4. 徳川家歴代将軍の墓所
  5. まとめ

徳川家康は何故神格化された?

徳川家康

戦国時代の三傑(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)の中の一人、徳川家康が死んだ後、誰が、何故「東照大権現」と神号を付けられたのでしょうか。

「太陽が昇る東(江戸)の方角から、日本を照らす神」という意味を成す「東照大権現(薬師寺如来)」として、第108代天皇の「後水尾天皇」から宣下されたものなんです。

その際、「東照大権現(徳川家康)」に対して「正一位」を贈位されています。

これには、初代征夷大将軍徳川家康の政権の重要ポストに居たと言われる、朝廷・宗教政策の要であった「天海(てんかい)」と、黒衣の宰相と云われた「以心崇伝(いしんすうでん)」が、家康の遺言によって付けたとされています。

この時「権現」と「明神」で多少揉めもしたそうですが、結局のところ「明神」は、豊臣秀吉の「豊国大明神」と同じになってしまうという事で却下されたそうです。

家康は「東の天照大御神」

家康の墓と言われる日光東照宮に架かる鳥居の扁額(へんがく)には、東の天照大神の権現(仮の姿)と書かれています。

山王一実神道の天海が、山王権現の元は大日如来(天照大神)であるという事から、天下を取り、東の都を作った徳川家康の、その偉業を現したものなんですね。

死の際に遺した徳川家康の墓への願い

二代目将軍徳川秀忠に、家督を譲った後は、現在の静岡県にある「駿府城」にて隠居し75歳という年齢で亡くなっています。

家康は賢くも心配性だった?お墓への指示

徳川家康の生前の姿は、多趣味だったとも伝えられています。

前の画像にもあるように、その腕には鷹が停まっているのが分かりますか?趣味として鷹狩と薬制作は特に有名となっていますね。

将軍となるずっと前から、家康はまさに文武両道で、剣術はもとより馬術、弓術、砲術などさまざまな武術を一生かけて学び会得していたそうです。

読書家でもあり、幾何学や数学にも秀でて居たそうで、囲碁や将棋も強かったと云われています。

ここまで理系脳な徳川家康は事、自身の健康管理には臆病なくらい慎重であったようで、好きであってもお酒の深酒はせず、麦飯を主に魚、煮物、大豆食品を適量をきちんと摂っていたそうです。

だから、この時代の人間の中でも長生きだったのですね。

そんな、賢くも慎重な徳川家康は、自分がこの世からいなくなった後についてもきっちりと、その旨を伝えてあるんです。

久能山に納め、御法会を江戸増上寺、靈牌は三州大樹寺、御周忌終て下野国日光山へ小堂を營造、京都には金地院に小堂をいとなみ所司代はじめ武家の輩進拜せしむべし。
— 徳川実紀(台徳院殿御実紀四十二巻)

徳川家康は、死後にこうやってくれと、心配して自身のお墓に関する遺書を残しています。

これを分かりやすく言いますと

「自身が死んだら葬儀は江戸にある増上寺で行い、その体を駿府の現・久能山東照宮に納め、三河にある菩提寺には位牌を納めてほしい、そして一周忌の法要が済んだら、日光に東照社(小堂)を造ってそこに亡骸を移すように、また京都の金地院にも京都所司代(東照宮)を造り参拝するように」

と言う、なんとも壮大なプロデュースをお願いしておいたようです。

徳川家康の墓があるのは東照宮?東照社?

まず、東照宮(東照社)とは、徳川家康(東照大権現)をお祀りするための神社のことを指します。

なので、徳川家康のお墓と言う意味ではないのです。

東照大権現をお祀りしている宮と言う意味なんですね。

造った当初は東照社だったのですが、家康が亡くなった翌年「神号」を与えられたことによって「宮」となったのです。なので東照宮が正式な名称となります。

徳川家康の墓と東照宮

久能山東照宮は、その規模こそ日光東照宮より小さいですが、生前家康は「久能城は駿府城の本丸と思う」とまで言い、この場所の重要性を話していたそうです。

その家康の言葉の意味を知るのには、その全景をみると分かります。家康の墓とも言われるこの場所へは、1159段の石段を登り社殿へ向かう事となるります。

確かに自然の要害と言った感じすね。

長い長い石段を、上がりきった場所には高い木々に囲まれた開けた空間が現れます。ここが徳川家康の墓所と言われるところです。

奥に見える宝塔の下に、徳川家康の棺が納められていると云われています。

徳川家康の遺体か、遺骨が納められている可能性が高い「墓」としての東照宮は、今現在のところ「日光東照宮」と「久能山東照宮」と言われています。

ただどちらについても、墓と言われるその中を開けて調査をしていない為、どちらとも言えないのが現実です。

徳川家康(墓)に由来する、東照宮はいくつか存在します。

「日光東照宮」・徳川家康の霊廟(御霊を祀る)とされる総本宮の
「久能山東照宮」・徳川家康のご遺体が眠る?と言われる
「金地院東照宮 」・徳川家康の遺髪と念持仏が祀られている
「堺東照宮」・由来はかなり不確かではあるが、本当の徳川家康の墓があると噂される
「芝東照宮」・徳川家康像(御神体)が安置されている
「上の東照宮」・もともと江戸城にあった東照宮で、徳川家康、徳川吉宗(8代)、徳川慶喜(15代)を祀っている

久能山東照宮

久能山東照宮には、徳川家康の身体測定の跡とも言える、手形が見られます。

また、松平家の菩提寺となる大樹寺には歴代の将軍だった人たちの位牌が置かれています。
もちろん、言い出しっぺの初代徳川家康の位牌もこちらに安置されています。

ここの位牌は、亡くなった時の将軍たちの身長と同じ高さにしているという話もありますが、一般が知る由はありません。

徳川家歴代将軍の墓所

徳川家の歴代将軍の墓所となっている増上寺です。

こちらも徳川家の菩提寺として作られました。

しかし、家光は日光東照宮(輪王寺)に墓を成しています。

また、家綱・綱吉・吉宗・家治・家斉・家定は寛永寺を墓所とし、慶喜は将軍職を途中で辞している為谷中霊園に埋葬されたそうです。

まとめ

徳川家康

今回は、偉大な業績を成したが為に神となり、本当のお墓の場所が特定できていないというお話があるという事を知って頂けたかと思います。

余談ですが、皆様も修学旅行などで訪れて聞いたことがあるかと思いますが、陽明門とその前にある鳥居の間の中間からまっすぐ空に向けて線を引けば「北斗七星」が配置されるようになっています。

たまその線を真南に下げると「江戸城」へ向いているそうなんです。これは陰陽道から来ているそうです。

いつでも家康の御霊が、江戸幕府(江戸城)を守っれるという事なんでしょうか?

そうだとしたら300年の栄華も分かる気がしますね。

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