春秋戦国時代、名前を残した有名な女性は?

中国古代の春秋戦国時代は日本・戦国時代と同様に正に戦乱の世で逞しい男達が主役の時代でした。女性は男達に翻弄されるか弱い存在でしたが春秋戦国時代の女性の中には傾城傾国と云われる絶世の美女がいました。今回は傾城傾国の女性を調べてみました。

目次

  1. 春秋戦国時代とは
  2. 春秋戦国時代、女性の扱いは
  3. 春秋戦国時代、傾城傾国の女性達
  4. 中国4大美人の西施
  5. 最後に

春秋戦国時代とは

日本・戦国時代が統一勢力である室町幕府の権威が失墜して有力な戦国大名が相争っていた様に春秋戦国時代は中原を支配していた周王朝の権威権力が失墜し有力な諸侯が争い始めたことから始まります。春秋時代は春秋時代と戦国時代と区分することができます。

春秋時代は周王朝の権威が残っていて周王朝が諸侯に尊重されていた時代を指します。紀元前770年~紀元前403年の期間のことを云います。

戦国時代は周王朝が完全に一つの諸侯として扱われて戦国七雄と云われる大国が王を自称して覇権争いを行う時代を指します。紀元前403年~紀元前221年の期間のことを云います。

春秋戦国時代、女性の扱いは

困った人々

春秋戦国時代の女性の扱いを象徴している「七去三従」という言葉が『礼記』にあります。
七去とは離縁に関することで夫が妻に対して満たしていなければ一方的に離縁することができる七つの条件で

・義父母に従わない
・子ができない
・淫乱
・無駄口
・嫉妬深い
・悪い病気持ち
・盗み癖

を云います。

三従とは妻が家庭で守らなければならない教えで

・実家では父に従う
・嫁いだら夫に従う
・夫が亡くなれば子に従う

を云います。

春秋戦国時代の女性の人権は完全に無視されて家のために都合よく扱われていました。この考え方は儒教に継続されたので中国を中心として韓国、日本にも浸透します。
そんな扱いをされていた時代において春秋戦国時代には王、公と云われる権力者を弄んでいた絶世の美女達がいました。

春秋戦国時代、傾城傾国の女性達

傾城傾国とは絶世の美女のことで美し過ぎる美貌で男性を虜にして城や国を傾けて滅ぼすことを云います。それくらい美しい女性ということですが春秋戦国時代には実際に何人かいました。

笑わない女性・褒姒

褒姒は周王朝・幽王の后で一度も笑ったことがない絶世の美女です。幽王は笑わそうと様々な手を尽くします。ある日に緊急事態の合図である烽火を上げてアタフタする諸侯を見て笑ったことから同じことを何度も行い諸侯から相手にされなくなります。
やがて幽王の悪政に対して反乱を起こした諸侯に攻められ簡単に滅ぼされてしまいます。
褒姒は幽王と一緒に殺害されたと云われています。

名君の晩節を汚す驪姫

驪姫は晋・献公の寵姫で異民族・驪戎の族長の娘で姉妹共に寵愛を受けます。献公は驪姫の美貌に狂ってしまいます。
献公は宿敵の虢、近隣諸国の虞等の併合、公権力の強化等を行います。後に覇者の国として君臨する基礎を作った名君でした。

献公は驪姫を寵愛する余り、驪姫の讒言を信じて太子・申生を殺害します。殺害されることを恐れた公子・重耳、夷吾は亡命します。献公死後に晋は後継者争いから大きく混乱します。その混乱の最中に驪姫姉妹、その子は殺害されます。

魔性の女と呼ばれた夏姫

夏姫は傾城傾国の女性の中でも一番出自の良い生まれです。褒姒、驪姫、西施がどこの出自かもわからないくらい身分が低いのに対して夏姫は鄭・穆公の娘で周王朝と同じ姓の「姫」姓の出身者です。
つまり、夏姫の「姫」は所謂、「ひめ」ではなくて「姫」姓を表しています。

関係を持つと必ず不幸に

夏姫と関係を持った人間は8人で最後の巫臣以外は皆、すぐに亡くなり不幸になります。近親相姦の兄の鄭・霊公、最初の嫁ぎ先の夏家の夫とすぐに亡くなります。

夏姫は夫死後、子の夏徴舒の将来のために陳・霊公等と関係を持ちます。その後、成長した夏徴舒はこのことに激怒して反乱を起こし陳・霊公等を殺害して陳を滅亡寸前に追い込みますが楚・荘王に征伐されて殺害されます。

夏姫は息子の死後、楚・荘王の捕虜となり荘王の臣下の襄老に嫁ぎますが襄老はすぐに戦死します。そして、その子・黒要の妾になります。

運命の出会い

夏姫は楚・荘王の捕虜となった時に最後の夫・巫臣に出会います。巫臣は黒要から夏姫を奪い、楚に対抗できる唯一の晋に亡命します。2人の間には女児が1人出来て晋で重用されて幸せに暮らしたと云われています。

中国4大美人の西施

西施は春秋戦国時代で一番の美人で王昭君、貂蝉、楊貴妃を合わせて中国四大美女と云われています。
西施は越のある村の生まれで近隣では美人として評判だったようです。
そのような西施には「西施、顰みに倣う」、「沈魚美人」と云う故事、言葉ができるくらいでした。
またそれ故に西施は越王・勾践の重臣・范蠡に見出されます。

呉王・夫差への献上に

当時、越王・勾践は呉王・夫差に大敗してなんとか滅亡はされずに済み呉王・夫差の属国として存続していました。越王・勾践は様々な手を尽くして呉王・夫差の機嫌を取っていました。

その対策の一つに美人で評判であった西施を呉王・夫差に献上して機嫌を取ります。西施は唯の献上品ではなく呉王・夫差を篭絡して呉を内側から混乱させるという女兵としての密命を范蠡から受けています。

賢臣・伍子胥の自害と呉の弱体化

西施は女兵としての使命を着々と果たします。中でも最大の成果は楚を滅亡寸前まで追い込んだ賢臣・伍子胥を自害に追い込んだことです。呉は伍子胥死後、徐々に弱体化していきます。

呉の滅亡

呉は覇者となるために中原の争いに度々、侵攻します。斉の後継争いの時には大規模な軍を出して本国を空にします。
その機会を狙って越王・勾践は呉に侵攻して呉王・夫差は敗れます。その後、呉王・夫差は退勢を変えることができず越王・勾践に滅ぼされます。

西施はその後、越王・勾践に殺害されたとも范蠡と共に斉に亡命して商人・范蠡の妻になったとも云われています。

最後に

人々

以上が傾城傾国の女性・褒姒、驪姫、夏姫、西施でした。
時代、国によって美の基準はかなり違うらしいですが彼女達は男尊女卑の時代で権力者を手玉に取り国を傾けたり滅ぼすくらい美しい女性で、出来るなら一目でも見て見たいものです。

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