日本の歴史を知ろう!~石田三成の名言集~

今回紹介する名言は、豊臣秀吉に仕え、秀吉の死後は豊臣家を守るため必死で戦った石田三成のものです。秀吉が夢見ていた天下統一の目前に関ヶ原の戦いで敗れてしまいましたが、現代では賢く冷静で正義感のある武士として大人気です。そんな石田三成の名言を見ていきましょう。

目次

  1. 石田三成の人間性
  2. 石田三成が死の直前に語ったとされる名言
  3. 石田三成の辞世の句
  4. 裏切り者に対して言った名言
  5. 私利私欲の激しい者を批判した際の名言
  6. 豊臣秀吉への忠誠心から出た名言
  7. 石田三成の理想「大一大万大吉」

石田三成の人間性

困った人々

関ヶ原の戦いや豊臣秀吉の家臣として、名前は必ず習うものの、あまり教科書には詳しくかかれていない石田三成。従来は、固くて性格が悪かった、協調性がなかった、など、マイナスイメージが多かったが、現代では男気や忠誠心、賢さなどが見直され、戦国武将の中でも人気度が上がってきています。そんな三成の名言をいくつか見てましょう。

石田三成が死の直前に語ったとされる名言

「命を惜しむは、ひとえに我が志を達せんと思うがゆえなり」

これは、石田三成が死の直前に語ったと言われている名言です。「決して死ぬのが怖いなどということではんく、自分の信念を達成せずにこの世を去るべきことが悔やまれる」という気持ちを読んだと言われています。豊臣家を守り、秀吉の目指していた天下統一を達成することができず、それが一番悔やまれたことがわかります。

さらに石田三成は、切腹の直前に坊主から十回念仏を唱えるよう説かれたものの、それを拒否しました。
「念仏は無用に願おう。わしは行く末を案ずるようなことは少しもしておらぬ。泉下にて太閤殿下にお目通り叶うが楽しみである」と言ったとされています。男気を感じますね。同時に、最後まで負けず嫌いだったことがうかがえます。

石田三成の辞世の句

「筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」

琵琶湖東北端にある場所「薩摩江」にて、石田三成が命を終える前に辞世の句としてうたった歌と言われています。あの芦の間に燃えて灯っているかがり火も次期に消えていくのだが、それと同じく自分の命ももうすぐ消えていくのだな。今は確かにここにあるのに」という、現実を受け入れて覚悟を決める心と、まだ使命を達成していないうちに果てることを悔やむ気持ちを表す名言と言えます。

一方、処刑前にのどが渇いて水を求めた際に、役人から水ではなく柿を勧められた際に、それを断ったとも言われています。理由は、柿は体を冷やすからだそう。これから死ぬのが決まっている人がなぜそんなことを気にするのか、と役人は馬鹿にしたそうですが、石田三成は「直前まで何があるかわからない」と言ったそうで、死を覚悟しつつも、最後まで望みは捨てなかったことがわかります。また、弱っているように映るのを嫌ったのかもしれませんね。

裏切り者に対して言った名言

「汝に二心あるを知らざりしは愚かなり。されど、義を捨て人を欺きて、裏切したるは、武将の恥辱、末の世までも語り伝へて笑うべし」

関ヶ原の戦いで石田三成が敗北して東軍に捕えられた後、敗北の一番の原因と言われている小早川秀秋が見物に来た際に本人に対して言ったとされる名言。
「お前が私と敵の徳川にも加担していたということを知らなかったことは私が愚かであった。しかし、武士たる者、義を捨てて人をだまし、このように裏切ったことは、大いなる武将の恥であり、生きている価値があるだろうか。何代もに渡って語り継がれ、笑いものになればよい」という嫌味で、やはり負けず嫌いで、決して「なぜ裏切った?」というような言い方ではなかったことが石田三成らしいと言え、名言となっています。

小早川秀秋は、仲間だったはずなのに直前になって徳川派に寝返ったとされ、現在では裏切り者の象徴のように語られることが多い人物で有名ですね。家康に脅されたという事情などを語られることもありますが、日本人としては最後まで仲間は裏切らないでほしいと思ってしまいます。

私利私欲の激しい者を批判した際の名言

保険・相続

「常に奉公人は、主君より取物を遣ひ合せて、残すべからず。残すは盗なり。つかひ過ごして借銭するは愚人なり」

資産の使い方について述べたとされるこの名言は、「奉公人たる者、君主から公の事に使うと言われて与えられたものは使い残してはならない。残すことは盗んだことと同じことだ。ただし、使いすぎて逆に借金をするようなことは愚かな者のすることだ」という意味。民のために使うとされて渡された公の資産を、勿体ぶって公のためには使わず、自分の懐に入れ、自分だけが得をする者を批判したと言われています。ただし、だからと言って計画性もなく使い込み、借りることになってしまうようなものは愚かだ、とも言っているようで、筋の通った賢い人物だったということが読み取れますね。

豊臣秀吉への忠誠心から出た名言

「成るべく、季節のものをば進上ありたし」

毛利輝元が、季節外れの時期に、秀吉に対して桃を献上したいと持ってきた際、石田三成は季節外れの果物を秀吉が食べ、それが原因で秀吉が病気になるようなことがあってはならないとし、このように輝元に伝え、返上したと言われています。これが名言となりました。危機管理能力も長けていたと言えますね。

石田三成の理想「大一大万大吉」

石田三成が語ったとされる理想がこの名言「大一大万大吉」に出ていると言えます。この名言の意味は、「一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は大吉になる」と言われています。どこかで聞いたことがありますね。「One for all, All for one.」「ひとりは皆のために、皆は一人のために」という、現代ではチームワークを大切にして一致団結するスローガンとして掲げられるお馴染みのテーマです。すでに石田三成は関ヶ原の戦いの際、このような考えを持っていたのですね。これこそが、一番の彼の名言とも言えそうです。

以上、いかがでしたでしょうか。昔とは言え、かなり進んだ考えを持っていたことが読み取れます。そして、進んでいる一方で、良き日本人の武士道の精神のようなものを誰よりも持っていたということもわかります。現代にも石田三成がいたとしたら、今の日本を見たら、また新たな名言を出してくれるかもしれませんね。

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