天下統一を成した豊臣秀吉。ある時点で性格が変わってしまった?

戦国三英傑の、豊臣秀吉。織田信長に仕え、戦で武功を上げ地位を確立。信長死去後は、その意志を継ぎ天下統一を行いました。戦国時代で1番の出世した人物です。豊臣秀吉は農民から、関白に大出世。性格は明るくて懐の大きいイメージですが、ある時から性格が変わるのです。

目次

  1. 豊臣秀吉は人の心を掴むのが上手い!
  2. 明るい性格の豊臣秀吉の性格は?
  3. 天下統一をした後の秀吉。性格悪い?
  4. 親と妻の寧々と秀頼を大事にする豊臣秀吉
  5. 豊臣秀吉の性格を、まとめてみました

豊臣秀吉は人の心を掴むのが上手い!

天下統一をし、関白にまでなった男・豊臣秀吉。
しかし、その出生のことが全く明らかになっていません。

農民の息子・足軽の息子など、諸説あります。

木下藤吉郎から羽柴秀吉、豊臣秀吉と名を変えていきますが、今回は豊臣秀吉で統一させて頂きます。

農民から今川家の家臣へ仕える。尽くす性格

豊臣秀吉といえば、昔は木下藤吉郎と名乗っていました。

しかし幼少からその名前だったのかも、全く分かっていないのです。

父親・木下弥右衛門の職業も分かっていませんが、天下人になってからも自分の側に置いた大政所様と呼ばれた母親と兄弟がいたことが分かっています。

百姓・農民の子供だったという説が多いですが、他にも足軽の息子。
またはそれよりも下級の身分の出だとも言われています。

そんな豊臣秀吉が世に出てきたのが、藤吉郎の名前を名乗っていた時です。
今川家の家臣に仕えていました。

今川義元から見れば、家臣の家臣の家臣だった松下之綱です。
それでも一生懸命仕事をし、松下之綱に目をかけられる存在になりました。

しかし周りの同じ立場の人間から疎まれるようになり、松下家を去りました。

織田信長にサルと呼ばれ、かわいがられる

豊臣秀吉が1番最初に築城した長浜城。この頃の秀吉は、明るくて慕われる性格だったのでしょう。

織田信長に「サル」と呼ばれて、かわいがられていたという豊臣秀吉。
1554年から、織田信長へ仕えます。

「織田信長の草履を懐で温めていた」

このことで織田信長に気に入られたというのは、有名すぎる話です。

この頃、清洲城でお城の石垣管理や土木・上水管理・台所奉行など、誰もがあまりやりたくない仕事を率先してやったと言われています。

また「羽柴秀吉」を名乗る際は、織田信長の家臣筆頭だった柴田勝家と丹羽長秀から取ったと胡麻をするような名前に改名します。

この頃、最愛の正室・寧々と出会います。


このように豊臣秀吉は、今川の家臣と織田信長に慕われた。
上の身分の人に取り繕うのが上手い人ということが分かります。

明るい性格の豊臣秀吉の性格は?

大河ドラマ・時代劇などを見ても、豊臣秀吉って織田信長より怖くなくて、明るい性格だなと思いますよね。

実際はどうだったのでしょうか。

とにかく目立ちたがり屋な豊臣秀吉

豊臣秀吉は、とにかく目立ちたがり屋だったと言われています。

先程、誰もやらないような仕事を清洲城でやったとお伝えしましたが、トイレ掃除などもやっていたそうです。
そして仕事が終わると必ず「秀吉がやりました!」と大きな声で叫んで、誰もがやりたくないことをやるのが豊臣秀吉だとアピールしていたと言われています。

なので、他の武将からは気品にかけていたと言われていたそうです。

派手好きで、京都の聚楽第に黄金茶室作る

豊臣秀吉が、派手なものが好きというのが分かったのは、天下を統一してからのことです。

今はないですが、京都にあった聚楽第。
天下統一をした豊臣秀吉が、時の天皇を迎えるために作った絢爛豪華な建物です。

千利休に黄金の茶室の設計と、聚楽第の築庭の設計に関わらせます。

お茶とは、無駄なものを全て排除し、お茶だけを楽しむ空間と思っていた茶人・千利休はどのような気持ちで、聚楽第の茶室を作ったのか…。
想像すると、少し悲しくなります。

天下統一をする前の、豊臣秀吉の性格

目立ちたがり屋で、派手好き。あまり日本人には好かれなさそうな性格ではありそうですが、豊臣秀吉は、天下統一するまでは人に慕われていたと思います。

そのエピソードとして、ずっと謁見するように伝えていた伊達政宗。
半年遅刻の小田原征伐時にやっと合流。
誰もが斬首されるのではないかと思いましたが、豊臣秀吉は伊達政宗を許しました。

そして九州征伐で降伏した島津義久の命を奪いませんでした。

人の命を奪うことが少ない、ということは人の命を奪いたくない性格だったのだと思います。

また有名軍師の竹中半兵衛・黒田官兵衛が、織田信長よりも豊臣秀吉に天下を獲らせたいと仕えたのです。

天下統一をした後の秀吉。性格悪い?

ドラマで見る豊臣秀吉。
天下統一するまでは、すごく明るく平和のために天下統一をする性格のように描かれています。

しかし天下統一し、晩年になると秀吉の暴走が始まります。

源頼朝より優秀、神に近づこうとする

小田原征伐の際に、豊臣秀吉が訪れた鶴岡八幡宮。

ただ、やはり天下統一をしたころから、豊臣秀吉の性格が少しずつ変わっていきます。
説によっては、元々冷酷だったが、それでは上の人に好かれないので、明るい性格のふりをしていたというのもあります。

天下統一直前、小田原征伐の際に、鶴岡八幡宮に立ち寄った豊臣秀吉。
鶴岡八幡宮といえば、鎌倉幕府を作った源頼朝にゆかりのある場所でもあります。

そこで既に亡くなった源頼朝に、豊臣秀吉は話しかけます。
頼朝は流罪人から鎌倉幕府を作った。自分は身分のないところから天下を統一したというところが似ていて、天下の友達だろうと。

ただ、流罪人とは言え、源氏の嫡男の頼朝より、農民の自分が天下を取ったのだから、優れていると報告したそうです。

また豊臣秀吉は関白になった頃から、自分が亡くなったら、神格化しようとしていたそうです。

性格悪い?加齢が原因?秀吉のご乱心

豊臣秀吉が、その名前を名乗るようになり、天下統一をした。
関白という位を手に入れた頃から、秀吉は家臣の言うことを聞かなくなります。

人懐っこく陽気で明るい性格だったはずの秀吉が、冷酷残虐な行為を行っていくのです。
豊臣秀吉が、その名前を名乗るようになり、天下統一をした。

関白という位を手に入れた頃から、秀吉は家臣の言うことを聞かなくなります。

人懐っこく陽気で明るい性格だったはずの秀吉が、冷酷残虐な行為を行っていくのです。

茶人・千利休、謎の切腹。

秀吉が関白を譲った豊臣秀次が切腹同然のような自害をされた。
その時に、豊臣秀次の一家ほぼ全員の命を奪いました。

亡くなった主君・織田信長が目指したように、日本の次は朝鮮征服を目指すことを決めます。
しかし朝鮮征伐を黒田官兵衛や千利休が反対しますが、それでも強行します。

親と妻の寧々と秀頼を大事にする豊臣秀吉

自分の近しい甥の秀次を死に追いやるものの、家族をとても大事にしたのが豊臣秀吉です。
特に自分の母親・大政所と最愛の正室寧々を大切にしたと言われていました。

浅井長政・お市の方の娘であり、秀頼を生んだ茶々も好きでしたが、晩年は寧々を大切にしていました。

よく大政所と、寧々の元を訪ねたと言われています。

そして晩年には、自分の息子・豊臣秀頼の将来・豊臣家の将来を心配し、誰にでも「秀頼を頼む」と言いました。

はっきりとした人に秀頼を頼むわけじゃなく、多くの人に言ったので、関ケ原の合戦が起こるきっかけになってしまいます。

しかし豊臣秀吉は、それほど家族を大事にしていたのです。

豊臣秀吉の性格を、まとめてみました

権力のある人には忠誠心!豊臣秀吉!

このように諸説ある中から、豊臣秀吉の性格や性格に関わることを調べてきました。

豊臣秀吉は、農民から必死に働き、もちろん身分が上の人に取り繕うことが上手い世渡り上手。でも仲間にも気を配れる人。家族も大事にする。

「とても人を大事にする人」には変わりないです。

ただ天下を得たことで、何でもやってもいい自分が神になったような気持ちになった。
そして死への恐怖による豊臣家への心配。

権力を持つということは、性格をも狂わせてしまうことを考えると怖い話ですね。

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