意外と知らない?浄土宗と浄土真宗について

意外と知らない?浄土宗と浄土真宗について

浄土宗と浄土真宗。主要な仏教の宗派なので、皆さん名前を聞いたことがあると思います。けれども、「名前は似ているけれど、何が違うの?」という方もいらっしゃるのではないでしょうか?浄土宗と浄土真宗について、関係性や違いを説明したいと思います。

最終更新日: 2020年02月28日

浄土宗と浄土真宗

浄土宗と浄土真宗は、なぜ名前が似ているのでしょうか?
両宗派の名前に入っている「浄土」とは何でしょうか?
「浄土」とは、あの世のことです。
それも、一般的に言われる「天国」のことです。

浄土宗と浄土真宗は、極楽浄土への往生を祈るため、どちらも「南無阿弥陀仏」という念仏を称えます。
どのようにして、両宗派の教えが確立していったのでしょうか?

終活ねっと運営スタッフのサムネイル画像

「終活ねっと」運営スタッフ

今回「終活ねっと」では浄土宗と浄土真宗に関して以下のような事柄を中心に説明していきます。

  • 浄土宗と浄土真宗の歴史
  • 浄土宗と浄土真宗のちがいについて

時間がないという方やお急ぎの方も、知りたい情報をピックアップしてお読みいただけます。
ぜひ最後までお読みください。

時代背景

浄土宗と浄土真宗は、平安時代の終わり頃に開かれました。
朝廷では摂関政治が幕を閉じ、院政が行われている時代です。

当時、寺院は土地や僧兵という武力を持っていて、朝廷にも発言できるような強い勢力になっていました。
院政を行っている上皇たちも、自分たちの権力を安定させるため、寺院を後ろ盾にしていたのです。

このように、当時の仏教とは、個々人を救済する宗教ではなく、国家の安定のために存在するものでした。

同じ時期、世の中には武士が台頭し始めて、治安が悪化していました。
庶民の間では「末法思想」という「この世は終わりだ」という考えが広まって、不安感が大きくなっていったのです。

浄土宗と浄土真宗の成立

null

浄土宗

浄土宗の開祖は、法然上人です。
法然上人は幼い頃より仏教を学び、天台宗の本山、比叡山で厳しい修行に励みました。

若くして勉学に励む法然上人は、周りから注目され期待されますが、自身が望むような真理に出会うことはなかなかできませんでした。

しかしながら、修業の中で出会った『往生要集』を熟読していくうちに、「阿弥陀仏の名をたたえて、念仏を称えれば極楽浄土に往生できる」という教えに感化されます。

そして、1175年、ただ念仏を称えれば誰でも平等に往生できるという、専修念仏の教えを説きました。
こうして、浄土宗が開かれたのです。

今までの仏教では、厳しい修業を行った者や財力や権力を持つ者だけが救われると考えられていました。

このため、「『南無阿弥陀仏』を称えれば誰でも平等に極楽浄土へ往生できる」という浄土宗の教えは、庶民から圧倒的な支持を得て広まっていきました。
日本で最初の、庶民に開かれた仏教の教えとも言えます。

浄土真宗

浄土真宗の開祖は、法然の弟子だった親鸞聖人です。
親鸞聖人が法然上人の教えを否定して、新しい宗派を作ったものだと勘違いされがちですが、実際には、親鸞聖人は法然上人のことを生涯に渡り尊敬しており、自ら新しい宗派を開こうと考えたことはなかったそうです。

法然上人の浄土宗が広まっていく中で、その人気を恐れた既存の宗派や朝廷が法然上人やその弟子たちを弾圧し始めます。
法然上人と弟子たちは各地に流罪になり、その中で弟子同士で法然の教えについて解釈に差異が生じていきました。

親鸞聖人も越後に流罪となったとき、「非僧非俗」という立場を取ります。
これは僧侶のような浮世離れした人間ではなく、今生きている人間に教えを説くというものです。
その一環として、親鸞聖人は越後で結婚をして、子どもにも恵まれました。

浄土真宗では、浄土宗を基礎にしながらも、解釈の異なる部分があります。

絶対他力

浄土宗・浄土真宗のいう「他力」とは、阿弥陀如来の本願力のことです。
浄土宗では、念仏を称えるという行いにより救われるという「他力本願」を説きますが、浄土真宗では、念仏を称えようと思ったときにはすでに救われているという「絶対他力」を説いています。
行いなのか、心なのかという違いがあるのです。

悪人正機説

人には皆悪いところがあるので、悪人ですら救われるという教えです。

肉食妻帯を認める

どんな生き物でも、生きるためには殺生をしなければなりません。
また、次世代に子孫を残すためには、結婚することも必要です。

つまり、肉食妻帯はごく自然なことで、それを絶たなければ救われないというのは、逆に不自然だという考えによります。

浄土宗と浄土真宗の具体的な違い

同じく「南無阿弥陀仏」という念仏を称え、極楽浄土への往生を祈る両宗派ですが、違いはどこにあるのでしょうか?

お経

両宗派とも、「浄土三部経」を教えのよりどころにしています。

浄土宗では他の宗派でも採用されている「般若心経」も読みますが、浄土真宗では読みません。
般若とは、智慧という意味です。
般若心経を読むことは、人間が仏の智慧を得てその道を進むことを目指しています。
けれども、浄土真宗では「絶対他力」という考えがあるので、人間が智慧を得る必要がないのです。

仏壇

仏壇の飾り方にも違いがあります。
大きく違うのは、ご本尊である阿弥陀如来の姿と掛け軸です。

浄土宗

阿弥陀如来は、舟形の光背のついたものです。
掛け軸は、向かって右側が「善導大師」、向かって左側が「法然上人」です。

浄土真宗

阿弥陀如来は、頭光と光背が付いているものです。
掛け軸は、向かって右側が「親鸞聖人」、向かって左側が「蓮如聖人」です。

まとめ

いかがでしたか?
浄土宗と浄土真宗の関係性をご理解いただけましたでしょうか。
どちらも、平安時代から現在まで長く人々を惹き付ける宗派です。
今も昔も、人が往生を願う気持ちは変わらないのでしょうね。

「終活ねっと」では様々な記事を紹介しています。
鎌倉新仏教についても知りたい方は、こちらの「終活ねっと」の記事をご覧ください。

関連する記事

こんな記事も読まれています

  • 南無阿弥陀仏は仏教のどの宗派のお経? 各宗派の教義内容も比較のサムネイル画像
    南無阿弥陀仏は仏教のどの宗派のお経? 各宗派の教義内容も比較

    南無阿弥陀仏というお経は仏教の中でも最も有名なものかと思います。自分の宗派の念仏は知らないけれど、これは知っている、という方もいるかもしれませんね。ここでは南無阿弥陀仏が仏教どの宗派で使われていて、どんな教義に基づいているかという説明をしたいと思います。

  • 浄土宗でお唱えするお経とはどのようなものでしょうか?のサムネイル画像
    浄土宗でお唱えするお経とはどのようなものでしょうか?

    浄土宗といえば南無阿弥陀仏です。当時は僧侶や武家しか文字が読めなく、お経が読めません。大衆に仏教を伝えることが困難とされる時代「南無阿弥陀仏」を唱えると極楽往生ができると教えとして浄土宗が受け入れられました。お経の代わりに南無阿弥陀仏と唱えるのみです

よく読まれている記事一覧

この記事に関するキーワード

カテゴリーから記事を探す

人気のキーワードの記事一覧

関連する記事

よく読まれている記事一覧

関連する記事