日光の五重塔があるのはなんと神社?日本一豪華絢爛な塔を紹介!

日光の五重塔があるのはなんと神社?日本一豪華絢爛な塔を紹介!

五重塔とは、舎利つまり釈迦の遺骨を安置するストゥーパを模した仏教建築です。でも、日光の五重塔はなんと神社にあり、仏教建築としての五重塔とは違った煌びやかさが特徴なのです。そして、近年耐震構造でも注目を浴びているのだとか。そんな日光の五重塔を紹介します!

最終更新日: 2020年02月29日

日光の五重塔がある施設は?

建物

日光の五重塔は東照宮にあります。
東照宮は徳川家康公を祭神とする神社で、奥には家康の墓所もあることが有名ですね。
東照宮は隣接する二荒山(ふたらさん)神社と輪王(りんのう)寺とともに、「日光の社寺」として世界遺産にも登録されています。

ところで、一般に五重塔は寺にある物ですが、なぜ日光の五重塔は東照宮という神社の境内にあるのでしょうか?そして、豪華絢爛な日光の五重塔は、見た目も他の寺の五重塔とはだいぶ違いますし、内部構造にも大きな違いがあります。
この記事では、日光の五重塔の歴史や見所を紹介したいと思います。

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今回「終活ねっと」では日航の五重塔について以下の項目に沿って解説していきます。

  • 日光の五重塔が神社にある理由
    五重塔の高さは?
    あまり知られていない五重塔に彫られた十二支
    日光の五重塔は耐震構造になっているの?

お時間がない方も知りたい情報をピックアップしてお読みいただけます。

ぜひ最後までお読みください。

日光の五重塔が神社にある理由

東照宮以外の神社に五重塔が全くないわけではありません。
他に五重塔を持つ神社には厳島神社があります。
なぜ、神社に五重塔があるのでしょうか?日本の宗教と日光の歴史を紐解いてみましょう。

神仏習合と廃仏毀釈

明治以前の日本は仏教と神道、寺と神社の境界が曖昧で、仏教の教義にあてはめて神道の神様を解釈し、神様は仏様の仮の姿だ考える信仰が続けられてきました。
それが、明治になって開国して「天皇主権の国家をつくろう」となったとき、皇祖神信仰であるはずの神道が仏教の下に置かれた現状がまずいというので、神道と仏教を明確に区切る神仏分離令が出されました。
それだけにはとどまらず、寺から土地を取り上げ、建物や仏像を破壊するという過激な運動もおこります。
こうした歴史を経て寺と神社の境界が一応はっきりしたのですが、神仏習合時代の名残は全国各地で見つけることができます。

日光の歴史

日光は古来、日光山を信仰する修験道の道場でした。
山岳信仰や修験道の場では、独特の神仏習合の信仰が形成されるといいます。
日光も例外ではなく、奈良時代から平安時代にかけて勝道上人が開いたと伝わる輪王寺と二荒山神社を中心とした信仰が形成されます。
その後、江戸時代には徳川家康を祀る東照宮ができ、2社1寺を一体とした信仰が根付き、どこが、どの建物を所有しているということは明確ではありませんでした。

明治になって、それを無理やり分離した結果、東照宮の境内に五重塔が残ることになったというわけです。
廃仏毀釈の流れからは神社に残った五重塔は壊されるはずだったのですが、なんとかその時代をくぐり抜け、現代に伝わっています。

日光の五重塔の歴史と気になる高さ

日光の五重塔の歴史や高さなど基本的な情報を紹介します。

東照宮の歴史

東照宮

徳川家康は祭祀について遺言を残していました。
その1つが死後は久能山に埋葬し、1年経ったら日光に改葬するようにというものでした。
それに従って霊を1617年に日光に移します。
現在のように豪華な社殿を整えたのは徳川家光で、1636年のことでした。

五重塔の歴史

初めの五重塔は1650年に若狭小浜藩主・酒井忠勝が寄進したものですが、1815年の火災で全焼してしまいます。
現在の五重塔は1818年に酒井忠勝から数えて10代目の藩主・酒井忠進が再建しました。

五重塔の高さ

五重塔の高さは36mです。
目立って大きいわけでも小さいわけでもありませんが、ある理由で近年この高さが注目されています。
そのある理由とは、東京スカイツリー。
東京スカイツリーは東武鉄道が関わっていますが、東武鉄道には日光線もあります。
標高を加味した五重塔の高さとスカイツリーの高さ・634mがほぼ同じくらいだということが、観光のアピールになっています。

日光の五重塔の十二支

日光東照宮の建築物には三猿や眠り猫をはじめとする様々な動物が彫られていることが知られています。
五重塔にも十二支が彫られていることを御存知でしたか。

日光東照宮

昔は方角を12に分けて、真北から東回りに子・丑・寅…と十二支で表しました。
それにならって、五重塔の一層目には、東に真東を表す卯を中心に寅・卯・辰、西に申・酉・戌、南に巳・午・未、北に亥・子・丑と、3つずつの干支の彫刻が彫られています。
このうち、東の3つが徳川家の最初の3人の将軍の干支と一致しているという話が有名です。
偶然といえば偶然ですが、寅年の家康、卯年の秀忠、辰年の家光と、順番もばっちりです。

日光の五重塔は耐震構造になっている?

再びスカイツリーと関連するお話です。
五重塔は耐震性に優れ、これが東京スカイツリーの耐震構造の参考になったという話をよく耳にしますが、本当なのでしょうか。

五重塔は耐震設計?

困った人々

火災や兵火で焼失した五重塔は多いのですが、記録上は地震で倒壊した五重塔はありません。
ただ、昔の人が耐震を意識して五重塔を建築したというわけではなく、木材の縮みを考慮した構造がたまたま地震にも効果があった結果だと考えられています。

スカイツリーの参考に?

日光の五重塔は古代に造られた五重塔とは少し違った構造をしています。
心柱が宙に浮き、塔身と分離しており、これが免震構造のように働いていると考えられています。
高さや材質の違いもありますから、日光の五重塔の構造をそのままスカイツリーに取り入れたわけではありません。
しかし、スカイツリーには最新技術と伝統工法を組み合わせた制震構造が使われています。

日光の五重塔のまとめ

日光

いかがでしたか?
日光の五重塔を紹介しました。
東照宮は江戸初期らしい極彩色の建築や美術が特徴です。
五重塔もそれは一緒で、他の寺にある五重塔とはだいぶ趣が異なります。
違いを確かめに、ぜひ出かけてみましょう。

「終活ねっと」では、神社に関する記事を多数記載しています。
以下の記事では、神社と寺の違いについて詳しく紹介しています。
こちらもあわせてご覧ください。

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