軍神と言われた上杉謙信が使った兜のデザインの意味とは?

上杉謙信公が使っていた兜に興味はありませんか。今は、初節句に鯉のぼりではなく、兜を贈るのが流行りだそうです。戦国時代に軍神と言わるほど強く、多くの人々に慕われた謙信公の使った兜を模したデザインも人気です。そんな、上杉謙信公の兜について簡単にまとめてみました。

目次

  1. 上杉謙信公の兜とは
  2. 上杉謙信公の兜は人気
  3. 上杉謙信公の兜はこちら
  4. 稽照殿とは
  5. まとめ

上杉謙信公の兜とは

上杉謙信

軍神と言われた上杉謙信公

上杉謙信公は、軍神と言われるほど戦のうまい戦国武将でした。わずか14才の初陣で勝利して以降、生涯、約70回もの合戦を行い、大きな戦いでの敗戦は一つもありません。武田信玄公との川中島の戦いや北条氏康公との小田原城の戦いなど、有名な戦も数多く、陣頭で指揮する姿はまさに軍神と恐れられました。


そんな謙信公が使ったと伝えられている兜は、上杉家の家宝として伝えられてきました。そして、今は上杉家の城下町米沢にある上杉神社の宝物殿・稽照殿で大切に保管されています。

上杉謙信公の兜の特徴

上杉謙信公は幼いころお寺に預けられ、そこで仏教の教えと軍略を学んだそうです。そして、自らを毘沙門天の生まれ変わりと称した謙信公は、拠点とした春日山城に毘沙門堂を建て、熱心に信仰しました。上杉軍の旗印の「毘」の文字が毘沙門を表すように、兜の飾り物にも謙信公の信仰が現れています。

上杉謙信公の兜は人気

初節句に兜を

端午の節句に飾る五月人形といえば、昔は力強い金太郎か、源義経を思わせる鎌倉時代風の甲冑武者、または、鎌倉時代風の兜がほとんどでした。なお、鎌倉時代の兜の飾り物は、鍬形と龍頭を付ける形が一般的だったそうですが、そのデザインが使われていました。

時代が下がって戦国時代になると、戦場で自分の存在を誇示するため、兜に凝った造りの飾りを付けるようになりました。戦国武者には個性的な兜を用いた人が多く、その兜を見れば誰のものか解るものもあります。今の五月人形や兜は、そういった戦国時代の有名な武将が使った見栄えのする兜を模したものが人気だそうです。

購入できる上杉謙信公の兜

初節句に送られる人気の兜でも、上杉謙信公の兜のデザインは、横にした三日月の中央に円形の図案を配したもので、日輪三日月前立黒漆兜を模したものです。

上杉謙信公の兜はこちら

上杉家の家宝

上杉謙信公が使ったと言われる兜は、10点ほど確認されており、その多くが代々上杉家に伝えられたものです。上杉謙信公が亡くなった後を継いだ上杉景勝公は、関ケ原の戦いの後、越後1国から米沢に減封されます。そして、その後上杉家は、米沢の地で大名家として続いてきました。

こうして上杉家に代々伝えられた家宝の多くは、今は米沢城跡の中心に建てられた、上杉謙信公を祀る上杉神社の宝物殿の稽照殿に収められています。謙信公の兜も、上杉家の家宝として大切に伝えられてきており、今はこの稽照殿で保管されています。

稽照殿にある兜

稽照殿に保管されている上杉謙信公の兜は次のとおりです。

日輪三日月前立黒漆兜

端午の節句で飾る兜のデザインにも使われる、三日月と日輪がデザインされた兜です。

飯縄権現前立鉄錆地筋兜

兜の正面に飯縄権現の小さな仏像を配置した兜。飯縄権現は、戦国時代には戦勝の神として、足利義満公や武田信玄公などの武将にも信仰されました。

金箔押左折烏帽子形兜

ちょうど烏帽子が折れたような形の兜です。「源平盛衰記」には、八幡太郎義家が左折れの烏帽子を用いたことから、「源氏の大将は左折を用い」、という記述があるそうです。

他にもこんな兜が

他にも、稽照殿では次のような兜を保有しています。
・金箔押頭形兜
・亀甲綴頭巾形兜
・金箔押唐草透風折烏帽子形兜鉢

他の施設にある兜

上杉謙信公の兜のほとんどは上杉家に伝えられたものですが、他にも謙信公のものとされる兜があります。

三宝荒神形兜

仙台市博物館が保有する兜です。

銀箔押兎耳形張懸兜

千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館が保有する兜です。

葵前立黒韋張懸頭巾兜

山形県米沢市にある民間の施設、宮坂考古館が保有する兜です。宮坂考古館は米沢の歴史に関する資料を収集している小さな博物館ですが、他にも上杉家に関わる兜や鎧を保有しています。

白綾頭巾烏帽子形兜

かつては個人の所有だったものですが、佐久市立近代美術館に寄贈されました。

稽照殿とは

稽照殿

稽照殿

稽照殿のみどころ

かつて米沢を支配した上杉家の城跡は、現在、松が岬公園として整備されています。その中心部にあるのが上杉神社です。そして、上杉神社の拝殿の右手に宝物館の稽照殿(けいしょうでん)があります。ここでは、上杉家に伝わってきた刀や甲冑、絵画など約300点が収蔵展示されています。


兜に「愛」の字の飾りをあしらった直江兼続の兜もここに収蔵されており、大河ドラマが放送された年には、多くの観光客が訪れました。また、上杉鷹山公ゆかりの品々も展示されており、多くの歴史ファンが訪れる場所でもあります。

周辺のおすすめスポット

上杉家の城下町だった米沢には、稽照殿の他にも上杉家に関わる古い物を収集・展示している施設があります。松ヶ崎公園に隣接した伝国の杜に併設された米沢市上杉博物館もその1つ。ここには上杉家に伝わった貴重な絵画や美しい工芸品などが展示されています。また、市内にある宮坂考古館は、宮坂善助氏が米沢周辺で収集した古文書等の資料や文化財を展示している施設で、展示品には上杉家ゆかりの品々も含まれています。

稽照殿の基本情報

【住所】山形県米沢市丸の内1丁目4-13
【電話番号】0238-22-3189
【アクセス】
【会館時間】9:00~16:00
【定休日】なし(冬季休館 12月1日~翌3月下旬)
【料金】大人400円
【駐車場】

まとめ

上杉謙信公の兜のまとめですが、いかがだったでしょうか。戦国時代の名門上杉家と言えば、最近はすっかり「愛」の字の兜や大河ドラマで注目された直江兼続公、財政再建を成し遂げた上杉鷹山公などが有名です。しかし、軍神と呼ばれた上杉謙信公も魅力のある人です。ぜひ、上杉謙信公が使った兜を見に米沢まで足と延ばしてみてください。

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