なぜ聖徳太子が日本のお金のシンボルになったのか。謎を探る!

日本史を勉強した人なら、きっと誰でも知っている聖徳太子。その肖像画が何度も日本のお金に使われたほど、歴史上で大変重要な人物とされていますね。でも、なぜそれほど有名なのでしょう。なぜ何度もお金のモデルに聖徳太子が選ばれたのでしょう。今日はその謎を探ります。

目次

  1. 聖徳太子って、どんな人?
  2. どうして、そんなに有名なの?
  3. 聖徳太子と日本のお金の深い関係
  4. 日本のお金の移り変わり
  5. 初めてお金のモデルになったのはいつ?
  6. 聖徳太子の肖像画が使われたお金

聖徳太子って、どんな人?

日本

聖徳太子は飛鳥時代の政治家、また思想家でもあります。父親は用明天皇、母親は欽明天皇の皇女、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后で、574年に生まれました。聖徳太子は、幼いころ「厩戸豊聡耳皇子(うまやどのとよとみみおうじ)」または「厩戸王」と呼ばれていたと言われています。

592年に即位した推古天皇の摂政(天皇の代理)として628年まで内政や外交に尽力し、蘇我馬子と共に、仏教や神道を基調とした政治を行いました。聖徳太子は仏教を深く信仰しており、622年に他界するまで、生涯かけて日本での仏教発展に大変貢献しました。

どうして、そんなに有名なの?

聖徳太子が有名なのは、やはり、そのすばらしい業績があったからでしょう。では、聖徳太子の事績を簡単に説明します。

冠位十二階

603年に冠位十二階を定め、氏姓制ではなく、能力がある人を役人として登用し、当時の身分制度を確立しました。

十七条の憲法

604年には十七条憲法を制定し、和の尊重や天皇に従うよう心得を訓え、豪族の勢力を押えて、中央集権的国家の土台を作り上げました。

遣隋使

607年と609年には 遣隋使として小野妹子、その通事として鞍作福利(くらつくりのふくり)を派遣し、隋との交流を行いました。これによって留学生や留学僧を送り、大陸文化を導入すること、また中国の文化に対する新知識を得ることに努めたのです。

聖徳太子と日本のお金の深い関係

聖徳太子によって中国との交流を始めた日本は、7世紀末にもなると、中国(唐)に倣って朝廷が銭貨を鋳造、発行しました。その最初の銭貨は唐のお金「開元通宝(かいげんつうほう)」(621年)によく似ており、丸い形の真ん中に四角い穴が開いたお金だったのです。

そして、8世紀には「和同開珎」(708年発行)など合計12種類の銅銭も発行され、これらのお金は「皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)」と呼ばれました。

このことからも、当時の日本が遣隋使、遣唐使などにより中国のことが伝えられ、大きな影響を受けていたことがわかりますね。

さらに8世紀末には 日本で初めての金貨「開基勝報(かいきしょうほう)」(760年)も発行されましたが、その後、約600年は銭貨の発行と使用は途絶えていました。

因みに…日本で最古の銭貨は?

1998年までは「和同開珎」が日本で最も古いお金だと信じられてきましたが、この年に「富本銭(ふもとせん)」が見つかり、「和同開珎」よりも前に造られていたことがわかりました。

日本のお金の移り変わり

日本で初めて紙のお金が造られたのは1600年頃だと言われています。その頃は、まだ全国で使えるものはありませんでした。明治時代に入り、「太政官札」(だじょうかんさつ)というお金ができますが、紙の質があまり良くなかったため、何度も改良されました。

初めてお金のモデルになったのはいつ?

そして大正時代を過ぎて昭和に入ると、さらに技術が進歩し、今のような立派なお金ができあがります。1930年(昭和5年)に初めて聖徳太子の肖像画が兌換券のモデルに選ばれ、さらに1944年(昭和19年)には、日本銀行の百円券に登用されたわけです。

その後は、聖徳太子の肖像画が何度も繰り返し使われます。そして1963年(昭和33年)の新札には、1万円券と5千円券の二つのモデルに選ばれ、当時まだ使用されていた旧千円券を合わせると、なんと三種類のお金のモデルがすべて聖徳太子になってしまったのです。

こうして、1984年(昭和59年)の新札ができるまで、聖徳太子は日本のお金のシンボルとなっていきました。

聖徳太子の肖像画が使われたお金

1930(昭和5)年1月11日 兌換券 乙百円券 
1944(昭和19)年3月20日日本銀行券 い百円券  
1945(昭和20)年8月17日 日本銀行券 ろ百円券  
1946(昭和21)年3月1日 日本銀行券 A百円券  
1950(昭和25)年1月7日 日本銀行券 B千円券  
1957(昭和32)年10月1日 日本銀行券 C五千円券  
1958(昭和33)年12月1日 日本銀行券 C一万円券  

*ちなみに、日本のお金(銀行券)には上のように金額の前に記号がついていますが、これは明治時代から、発行された銀行券を分類するためのもので、その記号の種類も改札が行われるごとに変えてあります。

甲、乙、丙、丁:明治中期から昭和10年(1935年)頃まで
い、ろ:昭和17年(1942年)頃から昭和20年(1945年)頃まで
A、B、C、D、E:昭和21年(1946年)以降

いかがでしたか?今から1400年以上も前に、聖徳太子によって中国と交流が始まり、中国の文化が日本に伝えられ、その影響で朝廷がお金を作ってしまったのですから、太子ってすごいですね。日本のお金は聖徳太子のお陰でできた!といっても、過言ではないかもしれません。

これで、なぜ聖徳太子が何度も日本のお金のモデルになったのか、わかってもらえたでしょうか。

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