幕末の風雲児・坂本龍馬の死因と犯人の謎に迫ります

幕末の風雲児・坂本龍馬の死因と犯人の謎に迫ります

坂本龍馬は、満31歳という若さで暗殺されました。死因は慙死。日本初の写真館で撮られた坂本龍馬の画像にまつわる都市伝説。現代に残された当時を偲ぶ画像を見ながら、幕末最大の謎と呼ばれる龍馬暗殺を、死因と証言から殺害方法と犯人の謎を追ってみましょう。

最終更新日: 2020年03月12日

坂本龍馬暗殺ミステリー

困った人々

坂本龍馬といえばドラマや小説、漫画で見た画像と、豪放磊落なイメージを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
また日本初の写真館による気取らない画像があることで、より身近に感じるのだと思います。
維新直前の混乱期に暗殺され短命だったこともあり、業績や人物像、暗殺の詳細は、小説などの創作されたイメージが先行しています。
本当はどんな人?誰に?死因は?なぜ暗殺されたかを検証して見たいと思います。

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「終活ねっと」運営スタッフ

今回、「終活ねっと」では、以下の項目を中心に解説します。

  • 坂本龍馬ってどんな人?
  • 坂本龍馬の写真
  • 龍馬が生きた時代について
  • 坂本龍馬の死因

謎の多い坂本龍馬について疑問をお持ちの方も多いと思います。
坂本龍馬について詳しくまとめていますのでぜひ最後までお読みください。

坂本龍馬はどんな人?

坂本龍馬は、生前一般人にはあまり知られていなかったようです。
その風貌は、眼光するどい大男で、愛嬌があり、だらしなく無頓着に見えて、実はオーデコロンをつける程お洒落だったそうです。
着物をラフに着こなし、ブーツを履き、ピストルを懐に忍ばせて身を守っていました。
多くの偉人達が龍馬の評価を書き残していますが、中岡慎太郎の「龍馬君は、さすが才子なり」(学があるというよりは知恵が働くタイプ)という言葉がぴったりするように感じます。

龍馬略歴

坂本龍馬の基本情報をまとめてみました。

氏名:源 坂本 直柔 龍馬
生年:1835年(天保6年) 1月3日
没年:1867年(慶応3年)12月10日
享年::満31歳(死因は暗殺による慙死)
出生:土佐藩郷士 坂本八平の次男
身長:170cm前後
体重:62kg前後
資格:北辰一刀流兵法皆伝、北辰一刀流長刀(なぎなた)兵法皆伝
職務経歴:亀山社中(海援隊)、海軍塾塾頭

身長は、遺品の着物サイズから170cm~180cm程度だと考えられています。
また山梨県郷土史研究家矢崎勝巳さんは、写真の影などから体格を測定し身長169cm、BMI指数標準体形平均21.75で計算した結果体重62.1kgだと発表しました。
(2010年4月27日Yahooニュース)
当時の平均身長が160cm程度でしたから大男だったのでしょう。

何度もあった龍馬ブーム

坂本龍馬は、何度もブームを起こしています。
1883年(明治16年)高知県の土陽新聞に龍馬を主人公とした小説が掲載され、評判となりました。
次にブームが来るのは、1905年日露戦争で、「龍馬が皇后陛下の夢枕に現れて、海軍の勝利を告げた」と全国新聞に載り、一躍海軍神となりました。
これは、宮内官僚・香川敬三が皇后の瑞夢を利用して、国民を鼓舞する為に利用したと言われています。
そして司馬遼太郎の「龍馬がいく」で再燃、海援隊の武田鉄也、漫画「おーい龍馬くん」、大河ドラマとブームは繰り返していきます。

坂本龍馬の画像~最先端だった写真

坂本龍馬が勝海舟に弟子入りをした1862年(慶応2年)に、日本初の営業写真館が長崎と横浜に誕生しました。
そのひとつ、上野撮影所で坂本龍馬は、徳川将軍慶喜に匹敵する5回も撮影した記録が残っています。
当時上野彦馬が採用した湿式写真の露出時間は約20〜30秒です。

坂本龍馬といえば天然パーマのくせ毛メージですが、正装をした画像から実は直毛で髷を結っているのでは?とテレビで放送されたことがあります。

龍馬が暗殺された時代背景

坂本龍馬は、穏健開国派でした。
幕末は尊王攘夷派、佐幕派か倒幕派、公武合体派という単純な構造ではありませんでした。
一致団結して倒幕へ向けて戦ったわけではありません。
それぞれが、新政府構想と利害を考え動いていました。
穏健に改革を望む者と急激に改革を望む者が、状況状況で立場を変えていました。
龍馬も状況に応じた対応をしたため、政敵を作ってしまいました。
その上、寺田屋事件で役人を2人殺してしまった為に、殺人犯としても追われてしまいます。

坂本龍馬~死因と証言

坂本龍馬暗殺に関して死因につながる記録は、口書が残っています。

犯人や理由については、関係者の証言に多くの矛盾がみられます。
刑部省で自供し逮捕された京都見廻組・今井 信郎の証言は、内容に一貫性がありません。
わずか2年で特赦になったことも、今井犯行説に疑念を抱かせました。
龍馬ブームが繰り返され人気がでると、実行犯や首謀者に対する新説がいくつも考えられました。

犯行現場

坂本龍馬は、土佐藩を脱藩した罪を免責されていましたが、藩邸には入ることを躊躇していました。
安全な滞在先斡旋を土佐藩士に手紙で依頼しましたが、その手紙は相手に届きませんでした。

そこで、踏み込まれた時に逃げ込める土佐藩邸に近い近江屋を、京都の定宿としていました。
本人も狙われている事は自覚しており、普段は近江屋の裏の物置小屋に身を隠していました。

龍馬は、不運な事に風邪をひき母屋で暖を取っていたところを襲われました。
夕方中岡慎太郎が訪れ、龍馬は軍鶏が食べたいと近所の鹿野峰吉を、買いに行かせました。
1階には近江屋の夫婦と元力士でボデイガードの山田藤吉がいました。
(近江屋主人の証言では、藤吉は2階の前室にいたと証言しています)

証言から見る犯行状況と死因

坂本龍馬暗殺犯として京都見廻組・今井信郎が自白し、裁判で有罪判決を受け投獄されました。

今井は6回証言していますが、一貫性がありません。
(有罪判決を受けた時の証言では、見張り役で殺害の詳細は語っていません)
即死しなかった中岡の証言を聞き取った3人も、証言に統一性がありません。
そもそもショックと瀕死の状態での証言の信用性には、疑いがあります。

また近江屋の主人や使用人の証言も、一貫性が無いのです。
驚かれるかもしれませんが、結局のところ、公式な証言記録も無ければ、一貫性のある信じたる証言も無いのが現実なのです。

中岡は、刺客は二人でコナクソ(伊予弁だと思われる)と話し、龍馬は「石川(中岡の偽名)刀はないか?刀はないか?」と話し、階段まで這って「脳をやられた。
もういかん。
」と言って絶命した。
刺客は龍馬と中岡が倒れたのを確認し、「もうよい、もうよい。
」と言い、引き上げたと証言しています。

近江屋主人・井口新助が、騒動に気づき裏口から向かいの土佐藩邸へ知らせに駆け込みました。

土佐藩士・嶋田庄作と店に戻ってきた時には、既に犯人は逃走していました。
犯人の遺留品は刀の鞘と下駄が残されていました。
鞘、下駄とも新撰組を疑わせる物でしたが、犯人を特定することはできませんでした。

状況証拠と死因から犯人を推定

坂本龍馬の遺体見分をした谷干城は、額が15cm横に切られていたと証言しています。
おそらく頭部損傷が、直接の死因かと思われます。

中岡は骨に達するほどの傷を負いましたが即死せず、2日後に吐き気を覚え亡くなりました。
「土藩坂本龍馬伝」には龍馬は全身34箇所、中岡は28箇所、藤吉は7箇所の傷があったとあります。

ボディガード 藤吉は背中から切られて翌日亡くなっていますが、死因については記録がありません。

死因となる傷は、脳漿が飛び散るほどであったそうです。
一の刀で額を横に斬られて、後ろの床の間に置いていた刀を取ろうとした際に、二の刀で背中を斬られ、刀を手にして振り返った時に鞘ごと相手の太刀を受け止めましたが滑り、そのまま額に相手の太刀を受けました。
死因となる致命傷三の刀を受け流そうとした鞘は18cm、刃は9cm削れていたそうです。

犯人を特定するだけの一次資料はありません。

逮捕された今井が、実行犯と証言している佐々木唯三郎らは、鳥羽伏見の戦いで戦死しており証言していません。

死因と血痕から龍馬は座っているところを、対面に座っていた相手から切り付けられようだと推定されています。
犯人は身の危険を感じていた龍馬が、安心して会える相手だったのでしょう。

龍馬暗殺深まる謎

坂本龍馬暗殺について、残された画像を見ながら、時代背景、人物像、死因、容疑者を見てきました。
結論は、謎が深まるばかりでした。
たとえ歴史学的に評価されなくとも、イメージが誇張されていても、龍馬には様々な題材に取り上げられるだけの魅力があるのだと思います。

最後に司馬遼太郎は「龍馬がゆく」で、「人生は一場の芝居だというが、芝居と違う点が大きくある。
芝居の役者の場合は、舞台は他人が作ってくれる。
なまの人生は、自分で自分のがらに適う舞台をこつこつ作って、そのうえで芝居をするのだ。
他人が舞台を作ってくれやせぬ。
」と龍馬に言わせています。
いくつになっても、新しい舞台を考えたいものです。

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