仏壇は江戸時代にはすでに普及していたの?|位牌・お寺・仏教

仏壇は江戸時代にはすでに普及していたの?|位牌・お寺・仏教

仏壇はお菓子や果物などをお供えし、お線香を立て、手を合わせる対象として自宅に設置することが一般的です。では、江戸時代にも現在のような仏壇は存在していたのでしょうか。今回終活ねっとでは、仏壇は江戸時代からあったのかなどについて解説します。

2020-02-09

仏壇は江戸時代からあったの?

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仏壇はお菓子や果物などをお供えし、お線香を立て、手を合わせる対象として自宅に設置することが一般的です。

現代では当たり前のようにある仏壇ですが、実はそれぞれの家に置くようになったのは、仏教が日本に伝わった直後ではありません。
仏壇は「江戸時代から置かれるようになったのではないか」という説もあり、聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、実際のところはどうなのでしょうか。

他にも「仏壇はどのようにして広まったのか」「昔の仏壇の役割とはどんなものだったのか」など、疑問に思ったことは数多くあることと思います。

そこで今回の「終活ねっと」では、仏壇が普及した経緯や役割などについて以下のことを中心に解説します。

  • 自宅に仏壇を置くようになった時期

  • 江戸時代から位牌を祀っている

  • 仏壇の形や価値観の変化

仏壇の歴史に関して詳しく知りたいという人は、ぜひ最後までご覧ください。

仏壇はいつから家に置かれるようになった?

仏壇

古代から信仰されている日本の宗教は神道です。
神道ではご先祖様を祀るため「魂棚(たまだな)」と呼ばれている棚にお花などを供えていました。
しかし、飛鳥時代に仏教が伝来し、奈良時代に天武天皇が勅令を出したことで大きな変化が起こります。

勅令の内容は「家に仏舎を作り、そこに仏像と経を置いて礼拝供養しましょう」というものです。
これをきっかけに日本で初めて仏壇が登場しました。

ここで注意したいのが、上記の勅令に出てくる家というのは、一般人の家のことではなく、官吏が勤めている庁舎という点です。
勅令が一般人を指していないこと、仏壇を作るのにお金が必要なことなどから、この時代に仏壇を家に置くことを実践していたのは一部の貴族や役人だけでした。

室町時代から徐々に広まった

一般人の家に仏壇が置かれるようになったのは室町時代だと言われています。
室町時代は戦乱が相次いで起こり、民衆は疲弊していました。
この時代に活躍したのが浄土真宗の蓮如上人です。

蓮如上人は積極的に浄土真宗の布教活動を行い、地道に信徒を増やしていきます。
その際、蓮如上人は信徒に「南無阿弥陀仏」と書かれた掛け軸や仏壇などを家に置き、祀るように伝えたとされています。
これをきっかけとして、一般人も家に仏壇を置くことが徐々に広まっていきました。

また、室町時代は部屋に「床の間」が登場した時代でもあります。
床を一段高くして、一部の空きスペースが確保されている場所が床の間です。
そこに掛け軸や仏具などを飾りました。

江戸時代の寺請制度によって広く普及

室町時代に広まり始めたと先述しましたが、当時は浄土真宗の布教活動だったため、仏壇の普及範囲は浄土真宗の門徒に留まっていました。
多くの民衆に本格的に広まっていったのは江戸時代からです。

江戸時代に幕府が打ち出したキリスト教を禁止する政策を成功させるため、寺請制度が作られました。

この制度は全ての民衆がどこかのお寺の檀家になることを強制するものです。
檀家になったら「宗門人別帳」に名前を記入させ、キリシタンか否かの判別をしていました。

宗門人別帳に名前がなければ檀家になっていない、檀家を拒否するということはキリシタンという理屈です。

さらに仏壇の所有も義務とされたため、江戸時代になって初めて、仏壇が民衆に広く普及することとなりました。

位牌を祀るようになったのも江戸時代

仏壇

家に仏壇を置くだけでなく、位牌を祀るようになったのも江戸時代からです。

位牌は元々儒教の祭具として、鎌倉時代に中国から伝わったものです。
しかし、日本では儒教ではなく、仏教において仏具として使うようになりました。

そのため、仏教で位牌を祀っているのは日本特有の文化であり、仏教が生まれた地であるインドには位牌がありません。

また、位牌は財産相続にも関係があります。
お葬式の時、ご遺族が遺影や位牌を持つことが一般的です。
位牌を持っている人が家の財産を引き継ぐ正式な相続人を表しているとされています。
そのため、位牌は相続人の象徴とも言えるのです。

江戸時代のお葬式にはすでに上記の慣習があったと言われています。

仏壇は時代とともに変化している

仏壇

仏壇は先述したように、江戸時代から広く普及されましたが、デザインや形はまだ単純なものがほとんどでした。
しかし、時代の流れとともに仏壇の役割や形はどんどん変わっていきます。
現代にいたるまで、仏壇はどのような変化を遂げているのでしょうか。

ここでは仏壇の役割の変化と現代の仏壇の形についてご紹介します。

元々は家の中のお寺としての役割

仏壇は元々、家の中のお寺という役割を持っていました。
お寺の本堂を小さくして家に置き、いつでも礼拝供養ができるようにしたのが仏壇です。
仏壇の中に綺麗な彫刻を彫るのは、お寺の本尊がある場所を再現するためです。

現在は心の拠り所としての役割が大きい

しかし現在においては家の中のお寺というよりも、心の拠り所としての役割が大きいようです。
仏壇に手を合わせたり、お経を読んだりすることで、心が安らかになります。
大切に思っている故人がいる場合、仏壇があるだけで側にいるかのような安心感を得られます。

さらに仏壇と向き合う際は自然と姿勢を正すようになるため、子供のしつけのために仏壇を求めるご家庭も中にはあるようです。

形も様々なものが増えている

時代の流れと共に価値観やライフスタイルは変化してきています。
仏壇においても同じ事が言え、現代の仏壇も江戸時代と比べると大きな進化を遂げており、様々なタイプのものがあります。

代表的なものがモダン仏壇で、洋間に合うように作られたものです。
他には壁掛けタイプや台の上に置くタイプなどもあります。

仏壇は江戸時代からある?まとめ

仏壇

いかがでしたしょうか。
今回の「終活ねっと」では、仏壇が普及した経緯や役割などについて、以下のことを解説してきました。

  • 民衆の家に仏壇が置かれるようになったのは室町時代で、浄土真宗の蓮如上人が布教活動をした成果と言われている。

  • 広く普及したのはキリスト教禁止令で寺請制度が作られた江戸時代。
    寺請制度とは、全ての家がお寺の檀家になることを強制するものであった。
    尚、この時同時に仏壇の所有も義務とされたと言われている。

  • 位牌を祀るようになった時期も江戸時代と言われており、儒教の祭具だった位牌を仏教に取り入れたのが始まり。

  • 仏壇の本来の役割は家の中のお寺だが、現在は心の拠り所という認識が強い。
    また現在ではライフスタイルなどの変化に合わせて、さまざまな形の仏壇が増えている。

民衆が仏壇を持ち始めたのは室町時代、広く普及したのは江戸時代ということが分かりました。
仏壇はその役割も大きく変化していますが、いつの時代でも必要とされていることに変わりはないようですね。

「終活ねっと」では、他にも仏壇に関する記事を数多く掲載しております。
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最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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