聖徳太子建立の7つの寺の伝説と歴史を紹介します!

実在したのか伝承上の存在なのか、しばしば論争になる聖徳太子。聖徳太子の時代に日本が仏教を受容したことは確かで、たくさんの寺院を建てたと伝わっています。その中から、七大寺といわれる伝説が色濃く残る寺を紹介します!

目次

  1. 聖徳太子建立七大寺とは?
  2. 聖徳太子建立が確実な大阪と奈良の2寺
  3. 聖徳太子と関わりの深い5寺
  4. その他聖徳太子創建と伝わる寺
  5. 聖徳太子建立寺院のまとめ

聖徳太子建立七大寺とは?

聖徳太子は以前お札の肖像にも使われ、最も有名な歴史上の人物の1人です。日本書紀をはじめとする後代の歴史書や寺院に伝わる書物に、様々な功績や伝説が残っています。
ただ、その多くは記述の真偽が疑わしい部分が多く、一時は伝説上の架空の人物とまでいわれていました。今の歴史学の目線からは、「聖徳太子は実在したが、話が盛られている」という見方が一般的だと思います。

しかし、聖徳太子が仏教を篤く信仰していたことは確かなようです。当時は日本の仏教の黎明期で、仏教の受容を巡り蘇我氏と物部氏の対立がありました。聖徳太子が崇仏派の蘇我氏と協力したことで、日本は仏教国家として歩みはじめたといわれています。
そして、聖徳太子は仏教を広めるため、周囲の人物たちとともに大阪府と奈良県を中心にたくさんの寺を建立しました。中でも「聖徳太子建立七大寺」といわれる7つの寺が有名です。

聖徳太子建立が確実な大阪と奈良の2寺

聖徳太子創建を謳う寺は数多くありますが、建築や遺構、資料などを調べると、時代が合わなかったり、聖徳太子の関わりが薄かったりする寺院が多いようです。聖徳太子建立七大寺もその例外ではなく、聖徳太子創建が確実なのは四天王寺と法隆寺の2寺といわれます。

四天王寺

大阪市天王寺区にあります。
火災や落雷で当時の建物が失われているものの、蘇我馬子の法興寺(飛鳥寺)と共に日本最古の本格寺院です。
平安時代に救世観世音菩薩を本尊と改めましたが、創建当初は四天王を本尊としていました。これは、物部守屋と蘇我馬子の戦いに際し、聖徳太子が蘇我氏の戦勝を祈って四天王の仏像を彫り、願いが叶って四天王寺を建てたという歴史に由来します。

四天王寺

聖徳太子は古来の神々をも敬い、かつては守り神の神社とのつながりも強くありました。その名残を鳥居に見ることができます。四天王寺の鳥居は、日本三鳥居にも選ばれています。

法隆寺(別名:斑鳩寺)

法隆寺

聖徳太子が飛鳥から移り住んだと伝わる、奈良県生駒郡斑鳩(いかるが)町にあります。
用明天皇の遺志を継ぎ、推古天皇と聖徳太子が創建しました。寺の建立が叶わないまま崩御した用明天皇は自らの病気平癒を願っていたため、本尊は薬師如来です。
西院伽藍(がらん)と東院伽藍に分けられ、西院伽藍は世界最古の木造建築としても有名です。飛鳥時代の貴重な仏像や美術工芸品を多く所有し、世界遺産にも登録されています。

聖徳太子と関わりの深い5寺

聖徳太子建立七大寺の残りの5寺は聖徳太子の建立とまではいえないようですが、関わりが深い人物によって、聖徳太子の教えに従って建てられた寺です。

中宮寺

法隆寺のそばにある尼寺です。
創建についてはよくわかっていませんが、聖徳太子の妃が夫の死を悼んで女官に命じて刺繍した天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)を所蔵しています。普段、天寿国曼荼羅繍帳の展示はレプリカです。

橘(たちばな)寺

奈良県高市郡明日香村にある寺で、聖徳太子生誕の地ともいわれます。
今は衰退して小さくなってしまいましたが、田道間守(たじまもり)が持ち帰った不老不死の果実を植えたという伝説が伝わり、人の二面性を戒める二面石が置かれ…と見どころのある寺です。

法起(ほうき・ほっき)寺

法起寺

法隆寺や中宮寺から少し離れたところにある世界遺産の寺で、創建は聖徳太子の死後しばらくしてからだということがわかっています。
聖徳太子建立七大寺に数えられるのは、この地にあった岡本宮で法華経を講じた聖徳太子の遺志を受けて、子息の山背大兄王が寺に改めたという歴史からです。

広隆(こうりゅう)寺

京都市右京区にある寺で、創建は渡来人で聖徳太子に仕えた秦河勝(はたのかわかつ)です。聖徳太子から譲り受けた仏像を本尊とする、聖徳太子信仰の寺として有名です。
この辺りは秦氏の本拠地とされ、京都の中でも歴史が古いエリアになります。もちろん、広隆寺も京都最古の寺です。

葛木(かつらぎ)寺

聖徳太子創建七大寺の中で、唯一の廃寺です。存命中に聖徳太子が創建したとされていますが、どこにあり、どんな寺だったのか、詳しいことはわかっていません。

その他聖徳太子創建と伝わる寺

その他に聖徳太子創建と伝わる寺を紹介します。

斑鳩寺

法隆寺とは別の、兵庫県揖保郡太子町の寺です。法隆寺とのつながりがないわけではなく、奈良の斑鳩に住んでいた聖徳太子が推古天皇からここに土地を賜って鵤莊(いかるがのしょう)と名付け、寺を創建しました。これが兵庫の斑鳩寺です。

河内三太子

大阪府の叡福(えいふく)寺、野中(やちゅう)寺、大聖勝軍(だいせいしょうぐん)寺を合わせて河内三太子といい、諸説ありますが、それぞれ聖徳太子が創建したと信じられています。

聖徳太子建立寺院のまとめ

法隆寺

いかがでしたか?
日本に仏教を広めた聖徳太子の伝説が残る寺を紹介しました。聖徳太子は人気がありながら、謎も多いです。
しかし、ここに紹介していないお寺でも、聖徳太子の像が置かれていることがよくあります。それだけ仏教を日本に広め、長い年月にわたって尊敬を集めている魅力的な人物だということがいえそうですね。

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