謎に包まれる卑弥呼には、どんな歴史があるのでしょうか

弥生時代の女王卑弥呼とはどんな人物だったのでしょうか。いろいろと謎に包まれていてその歴史や実態が明らかになっていません。神のお告げを聞き、邪馬台国の女王として、国を支えてきましたが、どんな人生を歩んだのでしょうか。卑弥呼の歴史をいろいろ辿ってご紹介いたします。

目次

  1. 幼少時代の卑弥呼の歴史
  2. 邪馬台国の女王卑弥呼
  3. 239年、「親魏倭王」の肩書を貰う
  4. その後の卑弥呼の人生
  5. 卑弥呼の歴史についてのまとめ

幼少時代の卑弥呼の歴史

卑弥呼は弥生時代後記、おそらく170年から247年頃まで生きた言われています。その生涯は、独身で、結婚も子供もない人生であった言います。身内には一人の弟がいたそうです。卑弥呼の右腕的存在で卑弥呼を支えています。

歴史に見る弥生時代

弥生時代は、紀元前300年頃から西暦300年あたりまでの約600年間の時代のことです。当時の日本は「倭の国」と呼ばれていて、国もいくつかに分かれていた時代です。水稲耕作が始まり、狩りだけに頼らなくても生活ができるようになります。この頃、卑弥呼が生まれます。

歴史上伝説として神ががり的な卑弥呼

卑弥呼と言えば、幼少のころから神のお告げを聞き、災難から民を守り、未来予告をしたりして人々を救い、また導いてきた人として伝説が残っています。その力は、絶大なる信頼を受けるほどに素晴らしいものであったとされています。

雨が降らない時には、神に雨乞いをして降らせたりする力は、当時の民にとって神様その物の存在だったと言えます。卑弥呼は神のお告げを常に聞き、占いや祈祷をする毎日であったと言うお話は、今も語り継がれている事です。

倭迹々日百襲姫命が卑弥呼であると言う説

日本書紀や古事記の中に、倭迹々日百襲姫命と言う名があります。ほとんど詳細不明で、古来の日本の皇族で巫女であると言う説があります。この百襲姫は、卑弥呼の伝説と同じく、幼少の頃より、不思議な能力があり、神がかり的存在であった事から、卑弥呼説が出ています。

「倭迹迹日百襲姫命都の黒田宮にて、幼き頃より、神意を伺い、まじない、占い、知能の優れたお方といわれ、7歳のとき都において塵に交なく人もなき黒田宮を出られお船に乗りまして西へ西へと波のまにまに播磨灘今の東かがわ市引田安堵の浦に着き、水清きところを求めて、8歳のとき今の水主の里宮内にお着きになり成人になるまでこの地に住まわれた。土地の人に弥生米をあたえて、米作り又水路を開き、雨祈で、雨を降らせ、文化の興隆をなされた御人といわれる」

邪馬台国の女王卑弥呼

当時邪馬台国は、男性が王となり国内約30か国を治めていました。争いが絶えず、戦に明け暮れている時代です。そんな時に、神からのお告げで卑弥呼は邪馬台国の王女となります。以降、平和な時間が流れたと言います。

弟以外、卑弥呼の顔を見ることができない

宮殿にこもったままの毎日。神のお告げや、祈祷、政治の行方を占って過ごしている卑弥呼に、誰も近づけず、顔を見ることもできません。しかしお告げが出ると、弟に託して民や宮殿の者に知らせています。そのお告げは恐ろしいほどよく当たり、人々の信頼は強くなります。

どんなことでもお見通し、卑弥呼の霊能力

時に病気の治療方法などをお伝えもしていて、かなり神ががり的存在になっています。今なら占いでなくてもわかる天気もズバリ当てた霊能者のような存在。政治もすべて神のお告げによって行われてきました。それゆえ、安定した政治を行っています。

239年、「親魏倭王」の肩書を貰う

卑弥呼は魏の国(今の中国)へ使者をだし、多くの貢物を差し出して、親魏倭王の称号を貰います。これは日本の王は卑弥呼であるという印になります。中国に残る「魏志倭人伝」に卑弥呼の事が記されていて、唯一分かる手がかりとなっています。

その後の卑弥呼の人生

魏の国に、認められた卑弥呼であったが、国内の狗奴国が、邪馬台国に侵略を始めます。卑弥呼は、魏の国に援軍を求めますが、狗奴国も魏の国と仲良くなっていたのでしょうか?話し合いで事を治めるように言われてしまいます。

狗奴国の王は、卑弥弓呼。卑弥呼血縁者?

卑弥呼と狗奴国の卑弥弓呼は、常に対立した関係であったことが記されています。その戦いは、魏の国が間に入り、一時小康状態となりますが、その後、卑弥呼は死を迎えたことが記されています。
どんな死に方だったのか、記録がありません。

卑弥弓呼と卑弥呼。名前が似ているので血縁関係と言う説がありますが、これをハッキリさせることができる記録がどこにもありません。卑弥呼を女性の王に付けて、卑弥弓呼を男性の王に付ける称号とも言われています。

色々噂されている卑弥呼の死

狗奴国と邪馬台国の争いがあったせいで、毒殺説まで出ています。しかし年齢から考えると、生まれたとされる170年から247年までとして70歳を超えています。不思議ではない気もします。

偶然?卑弥呼死の年に皆既日食起こる

日食

卑弥呼が亡くなる前の年と、その年と2度の皆既日食が観測されています。日食のために卑弥呼が殺されたとも、神の怒りとも噂されています。天照大神伝説もこのあたりから生まれています。卑弥呼が天照大神と言う説。天岩戸伝説です。

卑弥呼の歴史についてのまとめ

いろいろと謎を呼んでいる卑弥呼ですが、伝説によれば、民のために戦のない世の中を作りたかった卑弥呼が、思い半ばにして生涯を閉じたように思います。しかし仮にそうなったとしても、その後の歴史から考えれば、やはり戦に明け暮れた時代が来たのではないでしょうか。

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